2015
05.15

お馬さんの名前の、ほぼ再掲載

Category: 競馬関連
競馬は春のG1シーズンたけなわ。
ダービーの日も近づいてきた。

そんなことで、今日は「面白い名前の馬」を。
先ず最初はこれだよね!!

オムライスという名の競走馬がいた!

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2005年3月25日生まれ。
残念ながら2戦しただけで引退。
父の名は「キンググローリアス」
母の名は「トマトケチャップ」

今いたら間違いなく応援しるのになあ。。。

他にも見てみよう。。
先ずは「食べ物」編。

イチゴメロンチャン

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おー、イチゴもメロンもすきだよ~。かき氷もね!

他に「イチゴ」関係だと、イチゴミルクやイチゴダイフク、イチゴバニラという馬が、「メロン」関係だとメロンチャンなんていうのがいた。


タマゴカケゴハン

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オムライス同様、残念ながら2戦で引退。
タマゴカケゴハンは好きだなあ。シンプルだけど、美味しいもんね。


ニンジンガスキ

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まあねえ、馬だからね。そりゃあ好きだろうよ。

面白い馬名をつける小田切さんが馬主。
近親にワシャモノタリン、タッチシタイがいると書いてある!


レンジデチン

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「チン!」
はい、出来上がり!
でも、電子レンジ料理はばかにできないよね。


モチ

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この馬も馬主は小田切さん。
通算3勝。惨敗したけど、G1の皐月賞にも出た。
粘り強かったのかなあ???


キビダンゴ

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うわー、真っ白だ!
引退後は東京競馬場で誘導場になったんだなあ……。


では、食べ物以外に……。

シシャモチャン

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他に、シシャモオージ、シシャモムスメもいた。
現役ではシシャモショウグンがいる。なかなか勝てないけど。


ヨバンマツイ

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サンバンナガシマという馬もいた。


タコ

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そんなあ……。ウマにタコだなんて……。


コレデイイノダ

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ボンボンバカボンバカボンボン♪

最近はこれかなあ。。

ネルトスグアサ

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わからわかる、いやあ、眠いのは辛いよね。。
関連でこういうのも。

オキテスグメシ

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いただきますぅ。zzz。
ちゃんと食べなさい!

で、応援してのはこれ!!

ハシルヨミテテ

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うん、見てるよ!
ガンバレ~!

残念ながら引退しちゃったんだけどね……。

では今日はこの辺で!
ヒヒ~ン♪


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2014
07.16

福生の雑感の前に…… 【再掲載】ドラマチックシチー

Category: 競馬関連
なんだよ! FC2メンテナンス中だとーーー!!!
ということで、今日は記事の掲載ができなかったので、福生の雑感の前に以前一口馬主をやってたときの思い出の馬の話の再掲載です。

季節は夏競馬。
暑い中、競走馬もガンバっています!

**************************************************

世の中に「ひと口馬主」というのがある。

馬主になるにはそれ相当の資産家である必要がある(審査がある)ので中々なれるものではないのだけれど、馬主気分を味わえるのがひと口馬主。

会社が会員をつのり、ひと口5万とか10万とか、会員は馬を選んで出資する。

ボクも以前、一番お手頃な「友駿ホースクラブ」の会員になって出資したことがある。

「自分の選んだ馬が1勝するまでは続けよう」
そう思って始めた。

競走馬の世界は厳しく、1勝もできずに引退するのが大半。
有名なダービーや有馬記念に出走できるのは、本当にほんの一握り。

で、結局3頭目の馬が3勝してくれた。
初勝利のときは本当に嬉しく、記念写真やレースのビデオを購入した。

でも、一番印象に残っているのは、最初に出資した馬。

ドラマチックシチー。

コクサイトリプルという、G1(グレードの一番高いレース)はダービー3着が最高で、なんで種牡馬になれたのだろうとさえ思う馬が父の、マイナー血統。

追っかけて、デビュー戦の新潟を皮切りに、毎レース見に行った。 

この馬は、10回走って結局1回も勝てなかった。
戦績は、順に、2、2、4、9、5、4、3、2、2、3着

要するに、いいところまで行くのだけど、勝ちきれない馬だった。
最後はライスシャワーの話(祝福を君に)で書いた的場さんが騎乗し、勝負がかりと思ったが1番人気で3着に敗退。

そのレース後、友駿ホースクラブから「骨折のため引退」との情報が……。

すぐさまどこにいるのかを確認し、茨城の武田牧場に会いにいった。

「すみません、ドラマチックシチーがこちらに来ていると伺いまして、会えますか?」
牧場の方にお願いしをして厩舎に行った。
「骨折は大丈夫ですか?」
「あー、骨折ではないいんですけどね……」
「え?」

まあ、世の中にはいろいろな事情があるのだろう。

血統的に劣る馬は勝ち上がれないのかな?
そんなことを思ってしまった。

厩舎に行くと、ドラマチックシチー、自分の中での通称ドラちゃんは、まるで「いらっしゃい!」って言ってくれているようにボクを迎えてくれた。

シルクのようなたてがみと、あたたかい肌。

それと、ぬいぐるみのようなつぶらな瞳。

撫でると、気持ちよさそうに頭をよせてくる。

とても穏やかで優しい表情。

もともと優しい気性なのだろう。
競馬場のパドックでも、いきりたった馬が多い中で、おとなしく落ち着いて歩いていた印象がある。
競り合いで勝てなかったのはその性格が災いしたようだ。

1番人気におされながら同僚のスバルシチーにクビ差で敗れた中山の一戦。
「あ、スバルくんだ! 一緒に走れてよかったね! いいよいいよ、先に行って」
そんなことを思ってしまう。

よく頑張ったよね。
君は勝つために走りたいわけじゃあなかったんだよね、きっと。

1勝もできなかった馬に残された道は「引退」しかない。

引退後は、……。

走らない競走馬を世話してくれるところなど、世の中にほとんどない。

人間の欲望の中で生きるサラブレッド。
ただただ速く走るためだけに、勝つためだけに、この世に生まれ、去っていく。

ドラちゃんはあの後どうなったのだろう。

優しい馬だから、どこかにひきとられていたらいいなあ……。

「もう帰っちゃうの? もっと遊んでよ」
すりよってくるドラちゃんとの別れ際、目が訴えていた。



あれから随分と長い時間がたつ。

でも、ドラちゃんは、今もボクの心の中で走り続けている。

ありがとう、ドラちゃん。

いつか、また、どこかで。

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2014
06.01

ワンアンドオンリーが優勝!

Category: 競馬関連
第81回日本ダービーは、横山典弘騎手鞍上のワンアンドオンリーが制した。

この日は皇太子殿下がご観覧になったのだけれど、巷には「2月23日サイン」なるものが出回っていた。

皇太子殿下の誕生日は2月23日。
横山典弘騎手の誕生日は2月23日。
前田幸治オーナーの誕生日は2月23日。
そして、ワンアンドオンリーの誕生日も、2月23日。
こうも重なるなんて、これは勝つのはワンアンドオンリーだろうと……。

ワンアンドオンリー。
唯一無二。
ダービーの馬番は1枠2番。

個人的に、馬券はトゥザワールドとベルキャニオンを軸にしてしまったので残念だったけど、昨年12月のラジオNIKKEI杯2歳ステークスからワンアンドオンリーを追っかけていたので、勝ったのは嬉しい!

ワンアンドオンリーは決してエリート馬ではない。
ダービー前までのワンアンドオンリーの成績は次の通り。

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小倉でのデビュー戦は10番人気で12着と惨敗。
続く2戦目、単勝オッズは200倍以上。13頭立ての13番人気、つまりビリ人気で2着に。
このレースの1番人気だったプロクリス(単勝2.5倍)との馬連で36,000円もついた。

その後、見る見る成長したワンアンドオンリーは、皐月賞こそ4着に敗れたものの、ダービーの金曜日時点のオッズでは1番人気に支持されていた。

ワンアンドオンリーの厩舎は橋口厩舎。
数々のG1ホースを育ててきた橋口厩舎だけど、ダービーの栄冠手にしたことがない。
そんな引退間近の橋口調教師へのプレゼントをするために、この馬は生まれてきたのかもしれない。


さて、この日、もう1頭、追いかかている馬が勝利した。
クラリティシチー。
かつて友駿ホースクラブの1口馬主をやっていたので、今でも〇〇シチーの友駿ホースクラブの馬は気になる。
そんな中でも、デビュー時から、もしかしたらダービーも行けるのでは??と期待していたのがクラリティシチー。
デビュー戦でガリバルディ、オリハルコンといった、良血と前評判の高かったディープインパクト産駒を撃破。
その後、順調に勝つかと思いきや、次の通り勝ちきれないレースが続いた。

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それでも、フジテレビ賞スプリングステークスでも3着に入り、「最強の1勝馬」との異名をとり皐月賞へ!
8着に敗れたが、上位とは遜色のないタイムで走破した。

使い詰めできていたため、ステップレースに出て権利を得ないとならないダービーへの出走は残念ながら断念。
でも、ダービー当日の今日、単勝1.5倍の1番人気に支持され、「オレもいるぜ!忘れないでくれよな」と言わんばかりの圧勝で2勝目をあげた。

余談だけど、このレースに出走していたラララはサイン馬だと思う。
今日が17戦目で今だ未勝利。だけど、ここ2戦は500万条件を走っている。
で、ほとんど隣りか2つ隣りが馬券に。
最近は隣りが馬券。今日も12番が3着。

ということで、来週の安田記念に備え、メモもかねて、この春のG1で継続しているサインを書いておこう!
(今日で途切れちゃったのも多いけど)

【1】 最終レースでのCウイリアムズ騎手の騎乗馬番が3着以内

6月1日 
12R 13:Cウイリアムズ → ダービー 13:イスラボニータ  2着
5月25日
12R  9:Cウイリアムズ → オークス  9:ヌーヴォレコルト 1着
5月18日
12R  1:Cウイリアムズ → Vマイル  1:ストレイトガール 3着
5月11日
12R 10:Cウイリアムズ → NHKマイル10:ミッキーアイル 1着
5月4日
12R 14:Cウイリアムズ → 天皇賞 14:キズナ 4着 (不発?)

来週も騎乗があるといいなあ……

 
【2】 前のG1勝利騎手の隣りが3着以内。

5月25日 オークス1着、岩田騎手
6月1日  ダービー
3:マイネルフロスト 3着
4:アドマイヤデウス 岩田

5月18日 Vマイル1着、内田騎手
5月25日 オークス
4:ペイシャフェリス 内田
5:バウンスシャッセ 3着

5月11日 NHKマイル1着、浜中騎手
5月18日 Vマイル
3:デニムアンドルビー 浜中
4:メイショウマンボ 2着

5月4日 天皇賞1着、蛯名騎手
5月11日 NHKマイル
1:キングズオブザサン 蛯名 3着
2:タガノブルグ 2着

4月20日 皐月賞1着、蛯名騎手
5月4日 天皇賞
6:ホッコーブレーヴ 3着
7:フェノーメノ 蛯名 1着

4月13日 桜花賞1着、川田騎手
4月20日 皐月賞
17:トゥザワールド 川田 2着
18:ウインフルブルーム 3着

安田記念は横山典弘騎手の隣りに注目! 


【3】 ハーツクライ産駒、またはその隣が3着以内

ダービー 2:ワンアンドオンリー 1着
オークス 9:ヌ―ヴォレコルト 1着
Vマイル 出走なし
NHKマイル 出走なし
天皇賞 12:ウインバリアシオン 2着
皐月賞 1:ワンアンドオンリー
      2:イスラボニータ 1着
桜花賞 10:ヌーヴォレコルト3着

そして、来週の安田記念のハーツクライ産駒は??
出走登録しているのは、カレンミロティックと、「ハーツクライ産駒の真打登場」といった感のこの馬!

ジャスタウェイ!!

馬主はアニメ銀魂等の脚本を手がけている大和屋暁氏。
ジャスタウェイの名称は銀魂に登場するキャラ名から付けられた。

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昨年に新潟に行ったときは、関屋記念で単勝勝負してやられたけど、当時とは力が違う!
秋の天皇賞を勝つと、ドバイデューティーフリーにも勝利!
今や世界のトップホース!

はてさて、どうなることやら……。

ではでは!

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2014
05.14

祝福を君に (再掲載)

Category: 競馬関連
最近、競馬関係の記事を書いていないけど、今はG1シーズン。
今日は今でも忘れられない大好きな馬の話の再掲載です……。

********************************************

 1995年6月4日、曇り空につつまれた京都競馬場。大観衆が見守る中、第36回宝塚記念のゲートが開いた。17頭の選ばれし精鋭が、それぞれの期待を乗せて、淀のターフに飛び出して行く。

 3番人気に支持されたその馬は、気心の知れた名手的場均を背に後方集団を進む。菊花賞、2度の天皇賞・春の栄冠を勝ち取った得意の馬場。

 しかし、いつもの手応えがない……。
 的場がいくらゴーを出しても動こうとしない。

 やはり、1か月半前の天皇賞での、ステージチャンプとの激闘が尾を引いているのか……。

 第1コーナーで的場は、早くも「今日は無事に回ってこられれば」、そんな気持ちを抱いた。
 430キロあまりの、サラブレッドとしては小さな体。蓄積した疲れは簡単には抜けない。

 疲労度を見た陣営は、もともと秋まで休養させる方針であった。しかし陣営の思惑とは裏腹に、多くのファンの心を動かした走りが彼を宝塚記念のファン投票1位へと導いた。
 この年は阪神大震災が起きた年であり、開催場所は例年の阪神競馬場ではなく得意な京都。おまけに復興支援と命名されたレース。辞退してファンの期待を裏切るわけにはいかなかった。

 25戦、1着6回、2着5回、3着2回。
 それが彼の戦績だ。
 18頭中16番人気で2着に飛び込んだ日本ダービー。そして、皐月賞、日本ダービーを制した世代最強馬ミホノブルボンの3冠の夢を打ち砕いた菊花賞。フラフラになりながらも気力を振り絞って走る姿に、ファンは酔いしれた。

「この馬は、レースで勝った負けたをやたら気にする馬だった」と、当時の関係者は言う。
 レースで勝った直後の日は、厩舎の前を人が通るたびに馬房から首を出し"どんなもんだい"と自信満々な態度をとる。一方、惨敗後は、いじけて馬房の奥でしょんぼりとしている……。

「写真に撮られるのが大好きでねえ……」これは夏の休養先の牧場関係者の言葉だ。
 夏の放牧シーズンで大東牧場に放牧されていた時、ファンがカメラを向けるとその前でとまりポーズをとる。
「この馬の写真は、ほかの馬よりも綺麗に写っているものが多いよね」牧場関係者は言葉を続ける。
 
 そんな馬だから。

 そんな、人の心がわかるような馬だから ――。

 やがてレースは進み、淀の坂へと差しかかる。

 背中の的場には、生き残るためには勝つことしかない競走馬の宿命を教え込んでもらっていた。
 日本ダービーでマヤノペトリュースとの2着争いをハナ差でかわした闘争心。
 天皇賞で、ステージチャンプを15センチ差でおさえ2度目の栄光を手に入れた荒ぶる魂。
 目を覚まさないわけがない。

 その馬の中で、何かがはじけた。

 手綱を握る的場の意思とは裏腹に、余力があろうはずのない体が、みるみる加速していく。

 あるいはそれは、ずっとコンビを組んで共に戦ってきた的場に応えるものだったのかもしれない。

"さあ行くよ的場さん、見てて"

 そして、運命の3コーナーへと吸い込まれていく。

 夢を託した歓声が場内にこだまする。

 と、その瞬間(とき)、

 時間が、止まった――。

 スローモーションのように、馬体が前のめりに崩れ落ちて行く。
 と同時に、振り落とされた的場が地面にたたきつけられる。

 何が起きたのかは誰の目にも明らかだった。

 左前脚第1指関節開放脱臼。

 予後不良。
 手の施しようがない。

 脱臼の下の部分の骨は粉々に砕け散っていたという。
 自分の体を支えられなくなった馬は、残念ながら生きて行くことができない。

 その場での安楽死処分。

 それが、かつて栄光を手に入れた舞台で立ち上がることもできずにのたうち回る彼を楽にしてあげる唯一の方法だった。

「死んだはずがない。もう一度見てくる」
 周りの人の制止を振り切り、的場は全身を強打した重症の体で何度も冷たくなった馬の元に行こうとしたという。

 的場は現役時代、大きなレースで勝った時のガッツポーズも、勝った後もウイニングランもしようとはしない男だった。
 全力で走った後の馬がかわいそうだから……。

 そんな的場とコンビを組めて、そんな的場に最期を看取られて、彼も幸せだったのかもしれない。

“的場さんゴメンなさい。ちょっと失敗しちゃったよ……。明日は馬房の奥でひっそりとしてようかな……”

 はるか遠くから、そんな声が聞こえてくるようだ。

 ライスシャワー 。

「結婚式のライスシャワーのようにこの馬にふれる人々に幸福が訪れるように」との思でつけられたその名前。

 小さな体に宿る誰にも負けない大きな力で、夢と勇気、そして感動を与えてくれた君の雄姿を、ボクは決して忘れない。

 君は最後の最後まで、堂々と走り抜いた。
 あの日、みんなの心の中で、間違いなく君はゴール版の前を真っ先に駆け抜けた。

 カメラの前でポースをとる君には笑顔がお似合いだ。

 だから、あえて言う。

 おめでとう、ライスシャワー。

 祝福を君に。

140514rice1.png
Wikipediaより


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2014
03.21

祝福を君に (再掲載)

Category: 競馬関連
だんだんと春のG1シーズンが近づいてきました。
今日は、ボクの大好きな馬、ライスシャワーの話の再掲載です……。



 1995年6月4日、曇り空につつまれた京都競馬場。大観衆が見守る中、第36回宝塚記念のゲートが開いた。17頭の選ばれし精鋭が、それぞれの期待を乗せて、淀のターフに飛び出して行く。

 3番人気に支持されたその馬は、気心の知れた名手的場均を背に後方集団を進む。菊花賞、2度の天皇賞・春の栄冠を勝ち取った得意の馬場。

 しかし、いつもの手応えがない……。
 的場がいくらゴーを出しても動こうとしない。

 やはり、1か月半前の天皇賞での、ステージチャンプとの激闘が尾を引いているのか……。

 第1コーナーで的場は、早くも「今日は無事に回ってこられれば」、そんな気持ちを抱いた。
 430キロあまりの、サラブレッドとしては小さな体。蓄積した疲れは簡単には抜けない。

 疲労度を見た陣営は、もともと秋まで休養させる方針であった。しかし陣営の思惑とは裏腹に、多くのファンの心を動かした走りが彼を宝塚記念のファン投票1位へと導いた。
 この年は阪神大震災が起きた年であり、開催場所は例年の阪神競馬場ではなく得意な京都。おまけに復興支援と命名されたレース。辞退してファンの期待を裏切るわけにはいかなかった。

 25戦、1着6回、2着5回、3着2回。
 それが彼の戦績だ。
 18頭中16番人気で2着に飛び込んだ日本ダービー。そして、皐月賞、日本ダービーを制した世代最強馬ミホノブルボンの3冠の夢を打ち砕いた菊花賞。フラフラになりながらも気力を振り絞って走る姿に、ファンは酔いしれた。

「この馬は、レースで勝った負けたをやたら気にする馬だった」と、当時の関係者は言う。
 レースで勝った直後の日は、厩舎の前を人が通るたびに馬房から首を出し"どんなもんだい"と自信満々な態度をとる。一方、惨敗後は、いじけて馬房の奥でしょんぼりとしている……。

「写真に撮られるのが大好きでねえ……」これは夏の休養先の牧場関係者の言葉だ。
 夏の放牧シーズンで大東牧場に放牧されていた時、ファンがカメラを向けるとその前でとまりポーズをとる。
「この馬の写真は、ほかの馬よりも綺麗に写っているものが多いよね」牧場関係者は言葉を続ける。
 
 そんな馬だから。

 そんな、人の心がわかるような馬だから ――。

 やがてレースは進み、淀の坂へと差しかかる。

 背中の的場には、生き残るためには勝つことしかない競走馬の宿命を教え込んでもらっていた。
 日本ダービーでマヤノペトリュースとの2着争いをハナ差でかわした闘争心。
 天皇賞で、ステージチャンプを15センチ差でおさえ2度目の栄光を手に入れた荒ぶる魂。
 目を覚まさないわけがない。

 その馬の中で、何かがはじけた。

 手綱を握る的場の意思とは裏腹に、余力があろうはずのない体が、みるみる加速していく。

 あるいはそれは、ずっとコンビを組んで共に戦ってきた的場に応えるものだったのかもしれない。

"さあ行くよ的場さん、見てて"

 そして、運命の3コーナーへと吸い込まれていく。

 夢を託した歓声が場内にこだまする。

 と、その瞬間(とき)、

 時間が、止まった――。

 スローモーションのように、馬体が前のめりに崩れ落ちて行く。
 と同時に、振り落とされた的場が地面にたたきつけられる。

 何が起きたのかは誰の目にも明らかだった。

 左前脚第1指関節開放脱臼。

 予後不良。
 手の施しようがない。

 脱臼の下の部分の骨は粉々に砕け散っていたという。
 自分の体を支えられなくなった馬は、残念ながら生きて行くことができない。

 その場での安楽死処分。

 それが、かつて栄光を手に入れた舞台で立ち上がることもできずにのたうち回る彼を楽にしてあげる唯一の方法だった。

「死んだはずがない。もう一度見てくる」
 周りの人の制止を振り切り、的場は全身を強打した重症の体で何度も冷たくなった馬の元に行こうとしたという。

 的場は現役時代、大きなレースで勝った時のガッツポーズも、勝った後もウイニングランもしようとはしない男だった。
 全力で走った後の馬がかわいそうだから……。

 そんな的場とコンビを組めて、そんな的場に最期を看取られて、彼も幸せだったのかもしれない。

“的場さんゴメンなさい。オレ、ちょっと失敗しちゃったよ……。明日は馬房の奥でひっそりとしてようかな……”

 はるか遠くから、そんな声が聞こえてくるようだ。

 ライスシャワー 。

「結婚式のライスシャワーのようにこの馬にふれる人々に幸福が訪れるように」との思でつけられたその名前。

 小さな体に宿る誰にも負けない大きな力で、夢と勇気、そして感動を与えてくれた君の雄姿を、ボクは決して忘れない。

 君は最後の最後まで、堂々と走り抜いた。
 あの日、みんなの心の中で、間違いなく君はゴール版の前を真っ先に駆け抜けた。

 カメラの前でポースをとる君には笑顔がお似合いだ。

 だから、あえて言う。

 おめでとう、ライスシャワー。

 祝福を君に。

ライスシャワー
 写真:Wikipediaより転載



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