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2020-06

【再々掲載】 Strawberry Moon - 2016.02.03 Wed

この時期、街角の和菓子屋さんの前を通ると、「いちご大福」の文字が目に飛び込んで来る。
いちご大福って大好きなんだよなあ。
味だけではなく、その存在自体が。

2年前のこの時期に書いたストーリー、Strawberry Moon。
「Strawberry Moon」は、「いちご大福」と「月」をかけてつけたタイトル。
シンのこころに刻まれた、甘くてちょっとすっぱい、せつない思い出……。
昨年に続き、毎年恒例の再掲載……。


   <1>

どこまでも続く湖面を、どことなく春めいた冬の風が渡る。
やがて風は湖畔に到達し、ふんわりと並木の横を通り過ぎて行く。

心地よさそうに揺れる木々。
やさしき葉擦れの音色に、ボクは目を閉じ、そっと耳を傾ける。

あの日と同じ音色。

滋賀県大津市への日帰り出張の帰り、岐路につくまでのわずかな時間を利用して訪れた膳所の地。パステル調の思い出が瞼の裏によみがえる。

「やっぱり50センチアップを釣るなら琵琶湖だよね!」
当時ボクは、仲間たちと流行のブラックバス釣りに興じていた。
そんな仲間内の誰からともなく出た言葉。
賛成6名。反対ゼロ。
必然的に、ボク達は夏休みを利用した琵琶湖突撃計画を打ち立てた。

「先ずは膳所城址公園を目指そう!」
深夜、ワンボックスカーで都内を出発。ボクの運転で、一路、琵琶湖を目指す。
「じゃあ、シンが寝ないように私が助手席で相手してあげる!」
ピンク色のタンクトップ姿で助手席に乗り込むユキ。
無防備な胸元が運転手にはまぶしすぎる。

3ヶ月ぶりに会うという「距離」の照れくささで、ちょっとぎこちない仕草のボク。
そんな距離を、彼女が光の速さで縮めてくれたのは、東名高速に乗る10分ほど前のことだった。
「タバコ、吸う?」
マールボロの箱に手をやり彼女が言った。
どうしようかな。そうだなあ、高速に乗ったら窓開けられないしなあ……。
「ありがとう。じゃあ、ちょうだい」
3秒遅れの返事をしながら、ボクは彼女に向かって左手を差し出した。
「うん。あ、ちょっと待って」
彼女はマールボロを自分の口にくわえて火をつけると、それをボクの口に運んだ。

え?

フィルターのちょっと湿った感覚に、唇がドキドキする。
これってどういうこと?
ボクは、深呼吸をするように煙を大きく一息吸い込み、ゆっくりとそれをはいた。
「シン、オムライス好きでしょ?」
「うん」
「それと、いちごも」
「うん、好き」
「なんか親近感わいちゃってさあ」

唇に感じたドキドキが体中に入り込む。
そして同時に、ドキドキはボクの胸に甘く切ない思いを届けてくれた。
本当は暗くてはっきりとは見えないのだけど、助手席の窓の先をぼんやりと見る彼女の目が、とてもキラキラしているように思える。
「大福も好きだよ」
「あー、私も好き! なんかババくさいって言われるけど和菓子って大好きなんだあ!」
嬉しそうな笑顔がボクの顔をのぞき込む。

ほのかに香るつややかな髪の香りが、やわらかいぬくもりを運んでくれる。
彼女が大福も好きなのことを、ボクは知っていた。
過ぎ去る街灯に映し出される彼女の穏やかな表情(かお)がとても愛おしい。

瞬間、時間がとまった。

こころが、通じている。

「シン、どんなルアー持ってきた?」
マサキの一言で、ほんのわずかなふたりの時間は終了を告げた。
それでもボクのこころは笑顔にあふれていた。
窓の向こうの月も、ニッコリと笑っている。

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   <2>

はじめて彼女に会ったのはライトグリーンの風の中だった。

その年の5月。
「バイト友達に釣りをやりたいって子がいるんだけど」
そう言って、マサキの彼女のアカネが芦ノ湖へのバス釣りにユキを連れてきた。

「はじめまして、シノハラユキです!」
キラキラと光り輝く金色のピアス。
ソバージュがかった長い茶髪。
ハイビスカスをあしらったピンクのシャツにデニムのパンツ。
端正に整った目鼻立ちが、にっこりとほほ笑んでいる。

うわ、派手! どこのお店の子? こういう子、苦手なんだよなあ……。
それが彼女に対するボクの第一印象だった。

どうしよう、話が続くかなあ……。
4人で出かけたバス釣り。
2人ひと組でボートに乗って釣りをするのだけど、マサキとアカネがペア。
4-2=2。残りの組み合わせは小学生でもわかる。

「シンくん、じゃあユキをよろしくね!」
先にボートに乗り込んだアカネが叫ぶ。
「ガンバれよ!」
間髪を入れずに、アカネの対面に座ったマサキが親指を立てる。
一体何をガンバるのだか。

「は-い!ガンバる~!」
ボクの横で、くったくのない笑顔が、目いっぱい伸ばした手を大きく振っている。
その手の先にあるのは、どこまでも広がる青空と晩春のやさしい陽光にきらめく湖水。
そのときボクは、なぜか、ふと、とてもきれいで儚げな1枚の絵画を見ているような、そんな錯覚に陥った。

それからボクは、ルアーの投げ方や泳がせ方はもちろん、マナーも含めてバス釣りのイロハを彼女に教えた。
そして飲み込みのよい彼女は、ボクの教えを忠実に守ってくれた。
"はい先生、わかりました!"
"ねえねえ、糸がこんがらがっちゃったんだけどこういう時はどうしたらいいの?"
"あー、藻にひっかかっちゃったよー"
"釣れないかなあ……。お願いバスちゃん、釣れて!"
派手な見た目とは違って意外と純朴なのかも。

「ねえねえ、初対面だし先生に向かってこんなこと言うのもなんだけど……。同い年じゃん、シンって呼んでもいい?」
そのときどうやら、ボクの「こころのバリア」の門番はうたた寝をしていたらしい。
誰とでもすぐに仲良くなれる子供のように、彼女はボクのこころに飛び込んできた。
遠慮がないのか垣根がないのか。
でも、不思議なことに不快感は全くなかった。
それどころか、なんだか懐かしく、とても落ち着くような……。

もしかしたらボクのこころは、どこかでそういう人の訪れを待ち望んでいたのかもしれない。
昼食の頃にはボクたちはすっかり打ち解けていた。
3つの仕事を掛け持ちしていて今日が2ヶ月ぶりの休みであること。
明日からまたしばらく休みなく働くこと。
おにぎりをほお張りながら、明るい声で話す彼女。
「でも、仕事は好きだから。じっとしてるのも苦手だしさ」
「そうかあ……。じゃあ、今日は絶対に釣ろう!」
「うん!」
大きく頷きながら、彼女はボクがくわえたマールボロに火をつけてくれた。
「よし、午後は日没まで気合を入れて行くよ!」
「オッケー!」
小さな手の中で、おにぎりが笑っている。

芦ノ湖の湖面を月明かりが照らし始めるころ、ボクたちは釣りを終えて桟橋に戻った。
なくしたルアー、3つ。
釣れたバスの数、ボク1、彼女ゼロ。
手に入れたもの。ボートを漕いだ距離の新記録と、腕の筋肉痛。
それがこの日の釣果だった。

「お疲れ。ゴメン、釣れると思ったんだけどなあ……」
ボートを降り、街灯の下で丁寧に道具を片付ける彼女にボクは話かけた。
「ううん、スゴく楽しかった!またやりたいなあ……」
暮れ行く湖畔のそよ風に、やわらかい声が運ばれる。
「うん、またやろう。今度こそちゃんと釣らせてあげる!」
「やったあ!」
日が暮れて、もう家に帰る時間になった子供同士が交わす明日の約束。
ボクを信じてくれる、疑いのない笑顔。
そよ風に運ばれたやわらかい声は、ボクのこころの深いところに届いた。
次、いつ会えるかな。
また一緒に遊びたいな……。
ボクの中に宿ったそんな気持ちを、この後の会話での彼女の言葉は一層強くさせてくれた。
そのときのことは今でもはっきりと覚えている。彼女の声も、風の匂いも、ボクの中でのシナプスの動きも。

「ねえ、あたし変じゃなかった?」
片付けを終えクルマに向かう道すがら、彼女が真面目な顔で口を開いた。
「ん? いや、ユキちゃんはセンスあるし投げ方もいいし、全然……」
何で彼女が突然そんな問いかけをしたのか、最初は全く理解できなかった。

「シン、今日一日やさしくしてくれてありがと」
彼女は星が瞬き始めた空を見上げながらそう言うと、一呼吸おいて続けた。
「あたしさあ、人にやさしくされたことってなくて。褒められたことも。だから、すごく嬉しかったし、どうしていいかわからなくて」

最後まであきらめずにガンバってルアーを投げ続ける彼女。
"は-い!ガンバる~!"
くったくのない笑顔。
大きく振られた目いっぱい伸ばした手。
どこまでも広がる青空。
晩春のやさしい陽光にきらめく湖水。
この日ボクの中に描かれた、きれいで儚げな1枚の絵画。
「いや、ユキちゃんのガンバりに応えたくて……」
"あのさあ、良かったら連絡先を……"
ボクはのどまで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。
そんなこと気軽に言ってはいけない。何故か、そんな思いがボクを通り過ぎて行った。

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   <3>

東の空が白み始めたころ、琵琶湖に向かったボクたちは目的地の膳所城址公園に到着した。
目の前に広がる大海原のような湖面を乾いた無邪気な風が自在に駆け回る。
そして悪戯好きなその風は、すれ違いざまに、ボクのフィッシングキャップを目深にかぶった彼女の髪をかき上げながら去って行く。

そんな彼女の姿を見て思う。
ずっとこの時間が続いたらいいのに。

「琵琶湖、ユキも行けるって!」
マサキと琵琶湖突撃計画を立てていたボクの耳にアカネの元気な声が響いたのは、夏休みを2週間後に控えた7月の終わりの頃だった。
「今度は釣れるような気がするって言ってたよ」
まぶしさを増した太陽にも負けない熱い思いが、ボクの中から溢れ出す。

それからボクは、試験間近の受験生よろしく琵琶湖での釣り方を徹底的に研究した。
研究したのはそれだけではない。
誕生日:2月10日
好きな食べ物:オムライス、イチゴ、和菓子
好きな色:ピンク
兄弟はいない。
そして……、両親も。
それがアカネから仕入れた情報。

「さあ、今日は絶対に釣るぞ!」
誰にというわけでもなくそう言うと、ボクはクルマから釣り道具を取り出しロッド(竿)とリールを彼女に手渡した。
「ロッドの準備、自分でできる?」
「うん、やってみる!」
ロッドにライン(糸)を通す彼女。
派手な容姿の中に潜む儚げな影。

" あたしさあ、人にやさしくされたことってなくて。褒められたことも。だから、すごく嬉しかったし、どうしていいかわからなくて "
芦ノ湖での彼女の言葉がボクの中でリフレインする。

ただただ、ロッドとラインに集中する彼女。
その後ろで心地よさそうに揺れる木々。
木々が奏でる深緑の葉擦れの音色。
その音色から飛び出した妖精が、彼女の周りで楽しげに踊っている。

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   <4>

冬の膳所城址公園に夕闇が迫る。
あれから何年経ったのだっけ。
あの日と同じ葉擦れの音色に身をゆだねていたボクは、目を開け、近江大橋の方を見やった。

その日、近江大橋付近で、彼女は見事にランカーサイズのブラックバスを釣り上げた。
"あー、なんかすごい、あーどうしよう"
"焦るな焦るな、ロッドとラインを直角にするんだ!"
"うわあ、走ってくよー"
"左に走ったらロッドを右にするんだ! ドラッグをちょっと緩めて慌てずに巻くんだ"
"なんか弱って来た"
"そうそう、ほら、もうすぐだ"
"来た来た!"
"よし、ロッドを立てて!"
"やったああ!釣れたあ!!!"

時に神様は、とても不公平に人生を創造する。
幼くして両親を亡くした彼女が、どれだけ辛い思いをしてきたことか。
他人(ひと)に受け入れられようと、どれだけ自分を押し殺し、耐えてきたことか。
こころに偽りの化粧を施した派手な容姿。
でも、純真なこころは簡単に穢れはしない。

ボクは、スーツの内ポケットから一通の手紙を取り出した。

シンへ

今日もありがとう!
楽しかったよ

芦ノ湖でシンがやさしくしてくれてうれしかった
すごくすごくうれしかった

それと
もうひとつ言いたいことがあるんだ

あのときシン、自分が釣ったバスにかかった針がなかなかとれなくて
逃がしたときにずっと「大丈夫かなあ」って心配してたでしょ
あれ、グッときたよ
こういう人もいるんだな
わたしもこういうこころを持ちたいって

わたしはまだ自分がわからない
でも、人に必要とされる人になりたいって思う
なれるかどうかわからないけど、そういう自分を探そうと思う

ねえシン
いつかオムライス食べに行こう!
もっともっとシンといっぱい話したい
いちごでもいいかな……
わたしは和菓子好きだからいちご大福もいいなあ

食べ物のことばっかだね
本当にありがとう、シン

じゃあまたね

ユキ


琵琶湖からの帰り際に彼女が手渡してくれた、最初で最後の手紙。
琵琶湖に来る前に予め用意していたらしい。

ユキ、自分探しはうまくできたかな?

暮れ行く空を見上げる。
夜の訪れを告げるまあるい月が、くっきりと浮かびあがっている。

冬の琵琶湖に一緒に来たかったよ。
そう、ユキの誕生日に。
だって、あれから調べたんだ。
膳所(ここ)にある松田常盤堂がいちご大福の発祥の店なんだって。
発祥と言われる店はいくつかあるみたいだけど、この店もそのひとつ。

ほら、ユキが好きなピンク色の、とても綺麗ないちご大福だよ。
ボクは空に輝くそれにも負けないくらいキラキラと輝くお月さまを袋から出し、手にした。

もう一度見たかったなあ。ブラックバスを釣ったときの、この世の幸せを独り占めしたようなユキの嬉しそうな顔。

"あたしが生まれた日、まっ白い雪が降ってたんだって!"

ユキ、誕生日おめでとう。

ピンクのお月さまを口に運ぶ。
甘くて、ちょっぴりすっぱい味が、ボクのこころに溶け込む。
Strawberry Moon。
葉擦れの音色から飛び出した妖精が、ボクの周りで踊り出す。


おわり

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冬の夜、バーボンを傾けながら - 2016.02.01 Mon

寒さがつのる冬の夜。
暖を求めたこころの旅がはじまる。
今日は、そんな旅の途中に書いたふたつのストーリーの再掲載。
思い出は、未来へと旅立つこころの滑走路……。


雨待ち風


いやあ、まいったよ。
君とふたりで一本のマイクに笑顔を寄せ合い歌っていた歌。
まさかその世界が現実になるなんて。

何となく嫌な予感はしてたんだ。
君と会っている時間があまりにも楽しすぎて、本当に夢のようだったから。
未来を恐れて、決して止まることのない時間を必死で止めようとする自分がいた。

君がくれた宝物。
それはそよ風の声。
それは夕なぎの瞳。
それはシルクの手。
そしてそれは、決して色あせることのない、キラキラと輝く思い出。

永遠なんてありえない。
そうつぶやく君の笑顔はどことなく儚げだった。
近くて遠い、手に入れてはいけないもの。
そんな簡単なことに今さら気がついた。

ふたりで通ったオムライスの店。
あの席に座るのが、まだちょっとだけつらいから、今日は持ち帰りで買って帰る。

なんだか雲行きが怪しくなってきた。
ほかほかのオムライスがさめないうちに、
雨がほほを濡らさないうちに、
早く帰って食べるよ。

君がため……。
「ありがとう」を乗せた書きかけの夢が、音もなく散って行く。

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● 雨待ち風 スキマスイッチ





真冬の帰り道


漆黒の夜空から舞い降りた風が商店街を吹き抜ける。
所用の帰り道、北風に誘われ足を踏み入れたイセザキモール。昼間の喧騒はどこへやら、人影はまばらだ。

あと数時間で成人の日が終わる。
暗やみに負けじと気丈に煌めくイルミネーション。
" 人通りがなくなると淋しいけど、最後まで頑張るよ "
イルミネーションのそんな声が聞こえてきそうだ。
成人の日かあ……。

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「ねえ、成人式の後、同窓会しない?」
20歳(はたち)の正月の初詣で、ボクは初恋の彼女に偶然会った。
6年振り。
中学2年のときに仲間内で海に行って以来だ。
「平常心を保てない」の意味を理解した瞬間だった。
「いいねえ! やろうやろう」
返事もどこか上の空。大人になった天使の瞳に釘付けの、ボク。
「じゃあさあ、ミクに言っとくから、ショウタに言っといて」
「おう、わかった」

ドキドキが時を支配する。
それからのことは、良く覚えていない。
間違いないのは、同窓会をやろうと約束したこと。彼女は栄養学を学んでいて、栄養士を目指していること。初詣客の人ごみの中、別れ際に笑顔で手を振る彼女の目がキラキラと輝いていたこと。
そして、同窓会は伊勢佐木町でやりたいって言ってたこと。

結局、何の因果か同窓会は開催にいたらなかった。
彼女とは、その日以来、一度も会っていない。

神様は何をしたかったのだろうか。
あのとき同窓会を開いていたら、もしかしたら……。
何でもっと積極的にならなかったんだろう。
あの日は、もう、戻らない。

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ひとり肩をすぼめ、幻の同窓会で彼女とおしゃべりをしながら歩くイセザキモール。
彼女は今ごろどうしてるんだろう。
いいおかあさんになったのかな?
" 私は元気でいるよ。おたがいガンバろ "
ボクの中では永遠の20歳(はたち)の彼女が、やさしく微笑む。


● 真冬の帰り道 ザ・ランチャーズ 




Start each day with a smile! ~ 毎日を笑顔ではじめよう ~ 2016 - 2016.01.01 Fri

みなさま、明けましておめでとうございます!
本年もよろしくお願い致します!!


さあ、2016年がスタートしました。
今日は昨年の1月1日に掲載したストーリーの再掲載。
えー!正月早々かよ~!!

「笑顔でありがとう」
そして、
「毎日を笑顔ではじめよう」

2015年、ボクはその大切さを、身をもって教えていただきました。
2015年はとてもよい年であったと思います。
そんな経験ができたのは、もしかしたらこのストーリーを年始に書いたおかげ??
自分で言うのも何ですが、そう思ってしまうほど、この話、優しい気持ちになれて大好きなんです。
だから、2016年も、もしかしたら2017年も2018年も、験担ぎと言うか原点と言うか、2015年と同じスタートをきりたいと思います。
今年も笑顔ではじめましょう!

では、ラゾーナ川崎プラザにある「デリッシュ・ウフ」で思い浮かんだストーリーです!!
よろしかったらお読みくださいませ。


Start each day with a smile!

 午後5時。JR川崎駅から続く通路を抜け、ラゾーナ川崎プラザ2階のデッキに出る。
 無防備な頬をちくりと刺す北風。去りゆく年を名残惜しむように暮れなずむ西の空。高層ビルの上には、太陽からバトンを受け取った月が、「まかせろ」とばかりに輝きはじめている。
 さてと、オムライス専門店かあ……。
 正也は、目的の店の位置を確かめるべく壁に貼られた案内板に目をやった。
 10年ぶりの川崎。西口は工業地帯のイメージしかなく、およそ無縁であった買い物客でごった返す変わり果てた姿に戸惑う。
 ラゾーナ川崎プラザにある各店舗には店番号がつけられている。
 418デリッシュ・ウフ。4階を示す4に連番の18を加えた418が目的の店の番号になっている。
 案内板に従い店へと向かう。途中、通り抜けられるだろうと踏んでいたところが壁であったりしたおかげで、おのぼりさんのごとく迷った挙句、少々遠回りをしながらも、やがて「ふわとろオムライス」と大きく書かれた店の前に正也は到着した。
 通路から続く扉のないオープンスペースの入口に立つ。
「いらっしゃいませ」
 店内から明るい声が響く。
「あ、ちょっと待ち合わせをしてるので」
 そう店員に伝えるやいなや、正也の視界に、奥まった2人掛けの席から大きく手を振るラフウェーブの笑顔が飛び込んできた。
 あ、もう来てたんだ。
 軽く右手をあげ、笑みを返しながら席へと向かう正也。店内に流れるシャンソンの軽快な曲調が、行ったこともない脳内イメージのパリのビストロかブラッスリーを連想させ、自然と足取りを軽くさせる。
「やあ、待った?」
 正也はラフウェーブの中で輝く黒目勝ちの目を覗きこんだ。
「10分くらいかな」
 悪戯っぽく口を曲げながら、祥子が応える。
「まだ約束の10分前だけど。相変わらず早いね」
「待たせるのって嫌いだからね」
「たいていは男が待ってて、『ごめ~ん、待ったあ』なんて笑顔で寄ってくる女の子を迎えるもんだけど、前もそんなことはなかったし、今日もそうなっちゃったね」
 祥子は「あなたが何時くらいに来るか、なんとなくわかっちゃうんだから」と言わんとばかりの笑みを浮かべメニューを手にした。
「どれにする? はやく決めよ!」
 はいはい、年下のお姉さま、わかりましたよ。メニューを受け取った正也はぎっしりと並んだオムライスに目をきょろきょろさせる。
「私はサラダ仕立てのオムライスにするわ」
「そう、オレは……」
 身を乗り出しメニューを指さす祥子の艶やかな髪の香りが、正也に12年前の記憶を呼び戻させる。

   ☆

「さあ、美味しいオムライスはいかがですか。そこのお嬢さん、どう、寄ってかない?」
大学で軽音楽部に所属していた正也たちは、その年の学園祭でオムライス屋を出し物にしていた。正也たちのバンドは学園祭でライブを行う予定だったのだが、ボーカルの女の子が退部してしまい出番は消滅。一時は意気消沈したものの、「せっかくの学園祭なので何かやりたい」との思いで正也の得意料理のオムライスを売り物にすることにしたのだった。
「絶対に美味しい?」
 声をかけられた女性が髪をなびかせ振り返る。と、同時に、正也に衝撃が走った。
 何て素敵な声なんだろう。
 それに、髪の香りが……。
 やばいなあ。
「あ、間違いないよ。オレの自慢の特製ケチャップだし、見た目もオシャレだよ」
 プライドをかけた目と、本物かどうかを見極める目とが交錯する。
「すごい自信。いいわ」
「OK! 驚かせてあげるよ」
 心の中でガッツポーズを作った正也は、全身全霊をひとつのオムライス作りに注いだ。

   ☆

 それが祥子との出会いだった。
「そうだなあ……、うん、決めた」
 メニューを見ながらそう言う正也の言葉に、間髪を入れずに祥子が反応する。
「当ててみようか?」
 正也の目を見つめる祥子。それをじっと見返す正也。まさに12年前と同じ、笑みを浮かべた緊張の瞬間が場を支配する。
「昔ながらのケチャップスタイルでしょ」
「あたり!」
「やっぱりね」
 勝ち誇ったような目が笑う。
「何でわかった?」
「わかるわ。あなたはいつも、オムライスと言ったらケチャップにこだわっていたじゃない。あなたの目は昔とちっとも変っていない。だから今でも結局はケチャップのオムライスを選ぶだろうって」
 美声に加え、類まれなるこの洞察力と観察眼こそが、ラジオパーソナリティ松若祥子がファンを惹きつけてやまない理由であると、正也は思う。
「さすがだね。じゃあ、注文するよ」
 そう言いながら店員に向かって手をあげると、正也はふたり分の注文を済ませた。
「かしこまりました」
 テーブルからメニューが持ち去られる。
 メニューがなくなったテーブルが、なんとなくふたりの距離を縮めてくれるような、そんな気がするのは単なる気のせいなのだろうか。
「しかし、まさか空港で祥子にばったり会うなんて、ホントびっくりだよ」
「私も。すごい偶然。でも、10年ぶりなのによくわかったわね」
「そりゃあわかるよ。透き通った声。風になびくさらさらの髪。ボクは今でも、学園祭の女王、天才歌手松若祥子のファンだからね」
「ありがとう。でも、もう20代とはさよならしちゃったのよ……」
 祥子が、はにかむような笑みを浮かべる。

   ☆

 祥子をボーカルに迎え、正也たちは、リベンジすべく翌年の学園祭に向けて音楽活動を開始した。
 Start each day with a smile!
 毎日を笑顔ではじめよう!
 それが彼らがつけたバンド名だった。
 富士五湖での合宿。知人から知人へと紹介してもらったライブハウス巡り。祥子の詩をのせた正也の曲。ふたりの合作のオリジナル曲の数も次第に増えて行く。
 そして迎えた学園祭でのライブ。伝説は生まれた。
 1曲目のハイテンションになる曲から祥子の声は観客を魅了する。2曲目、3曲目が学園中にこだまする。催眠術にかかったかの如く異次元スポットに人々が吸い寄せられて行く。こうして会場に用意された席はあっという間に埋め尽くされた。
 最後のスローバラードが終わった後、全く無名の彼らに贈られたのは、当然のごとく鳴り止まぬアンコールの拍手だった。アンコールなど全く考えていなかった戸惑いを見せつつも、お礼を言ってレパートリーからノリのいい曲をチョイスする。
 曲に合わせて踊り、絶叫する観客。
 会場が一体化する。
 エンドレス。
 伝説の、トリプルアンコール。

   ☆

「わたし、今でもあなたにすごく感謝してるのよ」
 目の前に運ばれたサラダ仕立てのオムライスに目をやりながら祥子がつぶやく。
「バンド活動が就職に役立ったってこと?」
 ううん。首を横に振る祥子。
「このケチャップのかけかた、思い出すなあ……」
「はじめて会ったときのこと?」
「そう。『オレはギタリストだから結構器用なんだぜ』なんて言って、目の前でシュシュってオムライスにケヂャップかけてくれたでしょ。あれがすごくカッコよかった。手つきもそうだけど、集中した男の目ってカンジで」
「そうなんだ。はじめて聞いたなあ。『すごく美味しかった』とは言ってくれたけどね」
「だって、あのときは、瞬間『あ、この人!』ってピンときちゃったけど、軽い女って思われたくないし、恥ずかしくて言えなかったんだもん」
「だからボーカルの誘いにOKしてくれたんだ」
「そうよ。誘われたときから一緒にやりたいって思った」
「じゃあ、最初はわざと渋ってたってこと?」
 祥子は頭に両手を乗せながら首をすくめ、ペロッと舌を出し上目づかいに正也の目を見やった。
「あの手この手をつくして熱心に誘ってくれるあなたの姿を見ていたかったの。あなたの真剣でうそのない目が好きで。私ね、小さい頃からいろいろあって人を信じることができなかったの。でも、あなたはそんな私を変えてくれたわ。あなたのあのときのオムライス、本当に美味しかった。なんだろう、食べてもらいたいっていう気持ちがこもっているというか、真剣な思いがこもっているというか」

   ☆

 Start each day with a smile! は、祥子が大学に在学している間だけ活動を続けた。プロへの誘いもあったのだが、「私、中学生の頃、行き詰りそうな自分を深夜ラジオに助けてもらったの。だから、今度は私が深夜ラジオに恩返しをしたい」という祥子の意志は固く、結局、彼女のラジオ局への就職とともに結成2年で解散した。
「私ね、3月でラジオ局をやめようと思うの」
 オムライスをひとくち口にすると、祥子が言った。
 え?
 どういうこと?
 オムライスにケチャップをまぜ合わせていた正也の手がとまる。
「なんか、もういいかなって……」
「でも、祥子の声や言葉がどれほどの人に勇気を与え、癒していることか」
「うん……」
 あれほど輝き、自分の生き方を主張する自信に満ちていた祥子の目が、戸惑い、沈んでいる。
「まあ、世の中、いろいろあるからなあ。ラジオだと、聴取率とかスポンサーとのつきあいとかかな。オレも悩み多いよ」
天井の方を見やりながら、独り言のように正也がつぶやく。
「私も癒されたいなあ……。おうちに帰りたい……」
 思い描いていた世界と現実とのギャップ。ピュアな世界を思い描いていればいるほど、決して埋まることのないそのギャップは、永遠に続くボディーブローのようにじわじわとダメージを与えて行く。
「そうだ。ねえ、オムライス、ちょっと交換しない?」
 正也は自分が食べていたケチャップスタイルのオムライスを祥子の方に寄せた。
「あ、そうしよっ」
 祥子は笑顔でサラダ仕立てのオムライスを正也の前に置いた。
「どう?」
 正也が祥子の目を覗きこむ。
「美味しい! なんか懐かしい味。でも、あなたが作ってくれたオムライスの方が美味しい……」

   ☆

 食事を終えたふたりは外に出ると、4階のデッキの手すりに並んで身を寄せた。
 眼下に見える、思い思いに買い物を楽しむ人々の姿。寒空の下、ドーナツ型に真ん中が広場になり周りを店の明りが囲むその空間は、周囲とは遮断され、どことなくそこだけが独立して存在するお伽の国のようにも思える。
 ひと組のカップルが、腕を組みながらふたりの横を通り過ぎる。クリスマスにはどんなプレゼントを交換したのかな。ふと、そんなことを思ってしまう。
「ねえねえ、私プレゼント買ってきたんだよ!」
 祥子が正也の腕をとってゆする。
「おっ、なに?」
「はいこれ!」
 DIESELと書かれた袋をバッグから取り出しながら祥子が言う。
「イタリア好きのあなたにピッタリの腕時計」
「ありがとう! そうそう、DIESELの時計、欲しかったんだあ!」
「よかった!」
「実はさあ、オレも祥子に買ってきた」
「え、何だろう?」
「先ずはこれ」
「サンリオ?」
「そう」
「あ、キティちゃん!」
「気丈だけど少女のこころを決して忘れない松若祥子のお気に入り。ボクの中では10年前も今も、祥子は祥子だからね」
「ブレスレットだあ。うれしい!」
「うん、キティちゃんのパワーストーンブレスレット。それからこれも」
「まだあるの?」
「おまけみたいなものかもしれないけど、これもキティちゃん」
「何だろう?」
 祥子は包みの中にある四角い品を取り出した。
 HELLO KITTY 2015DIARY
「かわいい!まだ2015年のを買ってなかったからちょうどいいわ」
「表紙に書いてある文を読んでごらん」
 え?
 祥子はダイアリーの表紙の下に書いてある文に目をやった。

 Start each day with a smile!

「あっ!」
「びっくりだろ。これも偶然かなあ」
 月明りの中、目を大きく見開き祥子の表情を読み取ろうとする正也。
 祥子の瞳が、かすかに潤んで輝いているように見える。
「ありがとう……」
 そうつぶやくと、祥子は、
「毎日を笑顔ではじめよう!」
 右手を高く突き上げ、空に向かって叫んだ。
「そうだ。毎日を笑顔ではじめよう!」
 正也の声が、祥子の声をバックアップするこだまのように追いかける。
 一陣の風がそんなふたりを急襲する。
「寒い!」
 祥子の身体がかすかに震える。
 正也のぬくもりが、その身体を抱き寄せる。
「さあ、美味しいオムライスはいかがですか。そこのお嬢さん、どう、寄ってかない?」
「食べたい」
 祥子が正也の肩にしなだれかかる。
「もう一度やろうか、バンド」
「うん」
「Start each day with a smile2015だね」
「うん」
「10年前の最後のライブが川崎。で、新たなスタートも」
「うん」
「あれ、いつの間にブレスレットはめてたの」
「……」

 風は意地悪なのかやさしいのか。 
 容赦なく寒風がふたりに襲いかかる。
 そのたびに、ふたりの距離が縮まって行く。
 私は邪魔かな?
 月が雲間に隠れる。

 Start each day with a smile!

 ふたりの笑顔の日々が、今、はじまる。


 おわり
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© 2015 SANRIO CO., LTD


【再々掲載】 最後の未勝利戦 ~ 僕が僕であるために ~ - 2015.09.26 Sat

9月最後の土日がやってきた。

春は出会いと別れの季節。
そして、秋にも、別れが……。

毎年この時期になると、必ずやってくる別れ。
それは、競走馬たちとの別れ。

競馬では、3歳の9月末までに一度も勝てなかった馬の大半は処分されてしまう。
もう、出るレースがないのだ。
素質を見込まれ生き残って上のクラスのレースに出たり、地方競馬に移籍したり乗馬になったりする馬もいるけど、それはほんの一握り。

今週は、文字通り命を懸けた最後の一戦が行われる。
経済活動に組み込まれ、「生産と廃棄」を繰り返される馬たち。
人間もまた……。

今日は競馬場に行き、最後の「3歳未勝利戦」を戦う馬たちの姿を見てくる。
ということで、今回は主人公と馬の名前をダブらせたストーリーの再々掲載。

生きるって何だろう。
何のために。
誰のために。

そう言えば昔、「ナオキ」という馬がいた。
wikipediaで見てみよう!

"30戦13勝。1975年の宝塚記念優勝。"

おー、スゲーじゃん!
しかも、唯一の母子制覇。記録まで持っている。

で、引退後は???

"引退したナオキは、生まれ故郷の大塚牧場で種牡馬生活を開始。"

ふむふむ。

"だが、肝心の産駒の成績が思わしくなく間も無くシンジケートは解散。"

えー!!

"その後は、種付け頭数は少ないものの充実した生活を送っていたが……。"

どうしたどうした?

"1990年のこどもの日に久し振りの種付け中に心臓発作を起こし急死してしまった。"

なにーーーーーーーー!!!!!!!!!

なんてこったあ!!!!!!!

え? 「名は体を現す」って?????
どこからともなく、そんな声が聞こえてきそうだ……。



最後の未勝利戦

 あー、ねみい。
 徹夜明けの無精ひげと、ブルージーンズのバックポケットにねじ込んだ競馬新聞。大きな欠伸をひとつすると、無造作に分けられた髪をかき上げながら平川正夫はパドックへと急いだ。
 9月最終週の日曜日。意地っ張りな夏に別れを告げる風が、中山競馬場のターフを吹き抜ける。

 パドックに着くと、正夫は足を投げ出しドカッと階段席に腰をおろした。
 ふー、きっついなあ。でもよかった、間に合った。
 荒い呼吸に混じる安堵のため息が、天高くそびえる秋空に吸い込まれる。

 第3レーススタート35分前。パドック前の柵にかけられた色とりどりの応援の垂れ幕。出走馬の姿は、まだない。
 目の前の電光掲示板を見やる。オレンジの文字たちが、病院の待合室で順番を待つ患者のように、無言で礼儀正しく並んでいる。
 サラ系3歳未勝利戦。16頭立て。眠気に喝を入れた目が、お目当ての馬の情報にフォーカスされる。

 1枠1番 マサオガンバレ。単勝11.2倍。馬体重436キロ。

 5番人気か。まあまあかな……。よかった、体重も減ってはいない。メンバー的にそんなに早いペースにはならない。なんとか逃げきれるはず。いけるよ、いける。信じてるよ、オレは……。

 正夫がその馬に出会ったのは去年の夏のことだ。

 何? マサオガンバレだと? ふざけた名前つけやがって……。
 そう思いつつも、当然自分と同じ名前の馬は気になるもの。いつしか毎レース追いかけるようになっていた。
 出走13回。1着0回。2着3回。3着4回。4着以下6回。それが、その馬のそれまでの戦績だ。
 良血との評判で、勝ち上がりは時間の問題と目されていたのだが、今日まで1勝もできずにいる。初戦は単勝1.7倍の圧倒的な1番人気で3着に敗退。次戦も1番人気で2着。その後も大負けはしないものの、勝ちきれない歯がゆいレースが続いた。最後のひと踏ん張りがきかない。ゴール前の追い比べで競り負けてしまうのである。

 オレは、絶対にお前とサヨナラなんてしたくないし、しないからな……。
 やがてパドックの奥から、1頭また1頭と馬が姿を現した。ゼッケン1番をつけたマサオガンバレはその先頭を歩いている。
 陽光に輝く金色のたてがみ。栗毛色に四白流星の、遠くからでも人目を引く美しい馬体。四白流星とは、4本の足の先がソックスをはいたように白く、顔の真ん中にもすっと白い線が入っている馬を言う。
 そして、ちょっとうつむき加減に真っ直ぐ前を見つめるつぶらな瞳。決して誘導員をひっぱることも、いきり立つそぶりもみせない。
 堂々とした歩きっぷり――そう言ったら聞こえがいい。
 でも、実際は……。

「競走馬としてはおとなし過ぎる」
 それが淡々とレースをこなすマサオガンバレに与えられたレッテルだった。

 おとなし過ぎる、か……。

 薄笑いを浮かべた、つい先日のあの声がよみがえる。

「だいたい君はおとなし過ぎるんだよ。男は黙って何とかの時代じゃあないし、浪花節は今時流行らない」
 正夫が勤務する会社にヘッドハンティングされ、この7月から直属の上司になった部長の甲高い声。上司と言っても、年は正夫と同じだ。正夫も若くして管理職に抜擢されて課長職に就いたのだが、その上を行く存在。エリート中のエリート、と言っていいだろう。今や年功序列の世の中ではない。能力主義。新卒を育てるよりも外部の脂ぎった血を入れて活性化する。外資系の資本が入り込んだ正夫の勤務先は、その最たるものであった。

「ですが部長、私はそれがおかしいと言っているのです。確かに投資は控えるべきです。しかし、一切の投資なしにこれ以上の効率化を図るのは不可能です。人員の削減だって限界にきています。社員ひとりひとりにも生活があるんです」

「平川君、残念ながら日本はもや市場のひとつにしかすぎんのだよ。市場の成長が考えられなければ資金は主要市場向けに使われるのは経営として当たり前だろ。何れにせよ、現行の契約社員は20%削減だ。次回の契約で全員6か月契約を3か月に変更するのは役員会で決まったこと。それをどう実現するかが管理職の役目であり、評価だ。君ができないと言うなら私にも考えはある。いいかい、世の中に君の代わりはいくらでもいるんだよ」

 君の代わりはいくらでもいるんだよ。
 オレの代わりはいくらでも……。
 オレの代わり……。

 いつからだろう、単なる応援を超えてマサオガンバレに自分の生きざまをオーバーラップさせるようになったのは。

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「とまーれー」
 パドックでは騎乗合図がかかる。

 マサオガンバレの一挙手一投足をこの目にしっかりと焼き付けてやる。
 な、マサオ、お前もオレも勝てずにいるけれど、お前はお前しかいないし、オレはオレしかいないんだよな。

 騎手がマサオガンバレの背にまたがる。
 同時に、正夫とマサオガンバレの目が交錯する。
 瞬間、柔らかい日差しを浴びたマサオガンバレの目が、キラリと光る。

 正夫、いつもいつも応援に来てくれてありがとう。
 ねえ、見てて。ボク、今日は違うんだ。
 わかってるんだ。今日勝てなかったらどうなるかって。
 今日勝ち上がれなかったら、もう走るレースがないもんね。
 ボクも正夫と別れたくないし、また応援に来てほしい。
 だから、今日のボクを信じて……。

 やがて周回を終えた馬たちが、パドックの奥へと消えて行った。
 うん、今日はいける!
 何の裏付けもないが、正夫の直感がそう叫んでいた。

 なあマサオ、もしお前が勝ったら、オレも勝利を目指してもう一度自分の人生を考えてみようと思うんだ。
 オレは何のために生きているんだろう。
 オレは誰のために生きているんだろう。
 オレの代わりは、オレの代わりは、オレしかいない。

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 午前11時5分。第3レース発走のファンファーレが鳴り響く。最後の未勝利戦。このレースが、これまで一度も勝てていない3歳馬のラストチャンス。ここで勝てなければ、待っているのは……。

 よし、マサオ、お前の走りをしっかりと見てやるからな!
 ゴール番付近で身を乗り出す正夫。

 全馬ゲートに収まり、スタートが切られた。
 マサオガンバレは見事なダッシュを決める。
 よし!
 大逃げを打つマサオガンバレ。後続との差はグングンと開いて行く。
 いいぞ、いけるぞ!
 マイペースで軽快にバックストレッチを走り抜ける。
 3コーナー、4コーナーを回り最後の直線へと向かう。
 必死の形相のマサオガンバレの手応えが次第に怪しくなる。
 騎手が懸命に手綱をしごき、ムチを入れる。
 が、追いついてきた後続がマサオガンバレに襲いかかる。

「行けー!マサオ! マサオ、ガンバレー!」
 声の限り叫び続ける正夫。

 中山の上り坂を必死に走るマサオガンバレ。
 まだトップをキープしている。

「もう少しだ! お前はお前しかいないんだ! マサオー! マサオー」

 苦しそうな表情のマサオガンバレが、一瞬、ゴール付近の正夫の姿を見てニコリと笑った、ように正夫には思えた。

 正夫の目の前を悠然と飛ぶ赤とんぼが、澄み渡った青空に溶け込んで行く。

「マサオー!」

 明日への架け橋を、今、ともに渡る正夫とマサオガンバレ。

 透き通った叫びが、赤とんぼに負けないくらいに高みへと吸い込まれて行く。

 マサオ、ガンバレ! 

 ゴールは、すぐそこだ。

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● 僕が僕であるために 尾崎豊



【再掲載】 ふたりテッちゃん その7 ( 最終回 ) - 2015.09.23 Wed

9月27日、金曜日。午前6時30分。
高層ホテルの窓の向こうには、白い雲を従えた青空がどこまでも広がっている。
さて、出発しよっと!
仙台駅を7時1分発の電車に乗る。そうすれば、昨晩テツオと決めた目的の駅には11時3分に着く。

tetsuo71.png


あと、4時間半。
テツオさんは、私の事をどう思ってるんだろう。
会ったこともないし、声を聞いたこともない。でも、私の中で勝手にテツオさんの声を決めつけている。
早くその瞬間(とき)が来てほしいけど、来てほしくない。
会えるのは素直にうれしい。だけど、ちょっと、コワい。
何だろう、この気持ち……。
救いの手?
それとも……。
テツコの中で、過去の記憶がよみがえる。
消そうと思えば思うほど、しつこくつきまとう、忌まわしい記憶。
誰か、私を、助けて……。

テツコが鉄道に興味を持つようになったのには、あるが発端があった。
「あんな男とは別れちゃいなよ!」
同僚の前川つばさと夕食に行ったテツコ。つばさの話を聞き、怒りがおさまらない。
「でも……」
「ねえ、つばさ。いくらなんでもあなた人が良すぎるわ。前に貸した300万だって返ってこないんでしょ!私の友達をだますなんて、つばさがゆるしても私が許さない。あの人は私から見たら最低よ。ねえ、わかる、つばさ。目を覚まして!」
テツコが社会人になって、初めて気心が知れた友人。
社会人特有の損得の人間関係がはびこる中、親友とまではいかないまでも、つばさとは心底気が合うと信じていた。

翌日。
この日は客先に直行し午後に社に戻ったのだが、なぜかお茶室でのみんなの視線が冷たい。
「お疲れ様です!」
いつもなら元気よく返ってくるはずの返事が、ない。
最初は意に介さなかったテツコだが、つばさにまで無視されたときはさすがに血の気がひいた。
どうして?
そんなテツコに、隣の席の先輩女性社員が声をかける。
「あなた、随分とひどいことをするのね」
「え?」
「前川さん、あなたに傷つけられたって。平気で私や私の彼氏の悪口を言って、あんな冷徹なひどい人だとは思わなかったって。」
「……」
「それに、あなた随分と男遊びをしていて、カッコいい男には目がないんだって。だから、前川さんの彼氏も横取りしたいからわざと悪口を言って別れさせようって」

目の前の景色がゆがんでいく。
時計の音が、カチ、カチと、耳に響く。
いや、これは時計の音じゃない。抑えきれない胸の鼓動だ。
ど、どうして。どうしてそうなるの……。
友人としてよかれと思って、救わなきゃと思って、思い切って話をしたのに。
何で私に相談したの?
だったら、「がんばんなよ、彼を信じてさ」なんて、そんなウソをつけばよかったの。

職場の「裏」の連絡網の力には計り知れないものがある。噂は加速度的に広まっていく。
一度広まると、もう、どうしようもない。
男性社員の目も、けがらわしいものを見るように、心なしか冷ややかだ。
日に日に自分の居場所がなくなっていく。
私は誰?
何を信じていけばいいの?
誰を信じればいいの?
どこかへ行きたい。
ここではない、どこかへ……。

会社帰りのひとりぼっちの電車の中、妄想が身をつつむ。

 ♪線路は続くよ どこまでも
  野を越え 山越え 谷越えて

このまま乗ってたら、どこまででも行かれるのかなあ……。
楽しいところに行かれるのかなあ……。

tetsuo73.png



6時57分。
お互いに7時前後の電車に乗ったら丁度いいね。
テツオは昨晩自分がテツコに伝えた言葉に忠実に、通勤ラッシュの東海道線に乗り込んだ。
今まで経験したことのないような都会の電車の混雑。
まあ、東京までは我慢だな。

tetsuo72.png

もうすぐ会える、か。
心の中で、ふとつぶやく。
満員電車の車窓に、テツオの思いを乗せた景色が流れて行く。と同時に、テツコへの思いが秋色の座席に腰かける。

なんという偶然なんだろう。
テツコ。
2ヶ月前、鉄道ファンサイトで見つけたその名前。
北海道の稚内に住んでいるという。
住んでいる所にあまり電車はないし、線名などはよくわからないけど、乗るのが大好きな「乗り鉄」だという。
明るいのが取り柄という。
テツコさん、何か同じにおいがする。
本当に鉄道が好きなのかな?
何となく、現実から逃げているような、そんな気がして仕方がない。
テツコとのいろいろなやりとりの中でテツオの直観がそう反応していた。
テツコさんに会ったら、ちゃんと聞いてみよう。
嫌われてもいい。本音で話をしよう。
大丈夫、嫌われることはないさ。
だって、現実の世界でもで経験したことのない「運命的な出会い」をボクのこころが感じているのだから。
ボクのこともきちんと話をしよう。
テツコさん、実は、テツコさんっていう名前、ボクの死んだお姉ちゃんと同じ名前なんだ。
ボクが生まれる前に死んじゃった。
ボクの名前は両親がつけたんじゃなくて、父親の会社の人がつけたんだって。お姉ちゃんのことを知らない人が。
両親はびっくりして、すぐにテツオに決めたんだって。
ときどき、ボクはお姉ちゃんの分まで生きているのかなあなんて思う。
今では二言目に、後継ぎとして足りないとか、お姉ちゃんが生きていたらどうのとかって言われるけどね。

ねえ、テツコさん。
実は、テツコさんはそんなに鉄道に詳しくないだろうって思って、二人が会う駅はちょっと意図的に決めたんだ。
知ってる? 二人が会う駅のこと。
黒磯駅。
ここから南は直流の電車。北は交流の電車。電気が変わるんだ。
電気機関車もこの駅で入れ替えをするんだよ。
お互い別々の人生を歩んできて、知り合って間もないし会ったこともないのに、なぜかすごい親近感がわいて。
何だか他人には思えないんだあ。
きっと、お互いに何かを抱えていて、でも、そんなことも笑いながら話せるような気がして。
だから、もしテツコさんに何か現実逃避したいようなことがあったとしたら、人生の見方を変えて、一緒にマイナスをプラスに変えれたらいいなあって思う。
直流を交流に、交流を直流に変えるように。黒磯駅で、ボクがその切替スイッチを押せたらいいなって思う。
そして、情けないけど、ボクが自分ひとりではなかなか推せないでいるボクの切り替えスイッチを、一緒に押してもらいたい……。

tetsuo74.png



10時55分。
黒磯駅の東側にある変電所上空では、気持ちよさそうに秋風を浴びたトンビが悠然と旋回している。
「ビシュ!」
交直切り替え区間を通過する電車のパンタグラフから、火花がスパークする。

11時。
各々を乗せた車内に、間もなく黒磯到着のアナウンスが流れる。

11時3分。
テツコの視線が、ゆっくりと滑り込むホームに注がれる。

2分前に到着したはずのテツオの姿は……。

最北端と最南端から来たふたりのテッちゃん。
今、その人生が出会い、通電し、重なろうとしている。


おわり

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Author:Omunao
神奈川県に住むオムライス好きの男性です。
食べに行ったお店の超個人的食べレポと、その店で思い浮かんだショートストーリー(食べレポのページにくっついています)、それと気まぐれ記事を好き勝手に書き綴ります!

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