2015
02.24

ニシノ空に輝く夕陽

Category: その他
目がかゆい
鼻水が……
いきなり来ました、この季節。
今年は去年の2倍の花粉が飛散する予想。悲惨~。。

さてさて。

先日、久しぶりにモスバーガーに行ってみた。
チェーン店のハンバーガーショップの中ではモスが一番好き。

この日食べたのは期間限定のXO醤(ジャン)チキンバーガー。
コーヒー好きなので、Lサイズのコーヒーと共に注文。

しばし待った後に到着!

150224mos1.png


おっ!見た目も美味しそう。

では早速……。

150224mos2.png


うん、美味しい!!!!!!!!!
モスオリジナルのXO醤ソースには、タマネギ、長ネギ、ニンジン、XO醤、オイスターソース、鷹の爪、ラー油、ニンニク、生姜、豆鼓醤、ごま油などがはいっているとのこと。
やわらかジューシーなチキンと相まって、これが絶妙な味。
これはいい!

ぜひ一度ご賞味ください!!

話は変わり……。


2月21日に、東京競馬場に行ってきた。
最終12レースが終わり日が西に傾き始める帰り道、ターフにはゲートが持ち出され何か行われる様相。

150224mos5.png


ん?
何?

どうやら競走馬の「ゲート試験」が行われるようだ。
「ゲート試験に合格」という話はよく聞くけど、実際に見るのは初めて。

興味津々の中、競馬場に、競走馬が入場するときの音楽が流れる!
え!そこまで演出するの!ってカンジ。

しばらくして試験を受ける馬が登場。

150224mos4.png


そして、通常のレースよろしくスターターがスタンドカーに乗りゴンドラが上っていく。
閑散とした場内に鳴り響くファンファーレ。

うおおおお、本格的!
この状況を馬に覚えさせるんだろうね。。

1回目、ゲートにすんなりと入った馬は暴れるでもなくじっとしている。
どうやら30秒おとなしくしていられるか計られているようだ。
やがてゲートが開きスタート!

あれ?
なんか周りをきょろきょろしながら出て行く。

もう一度はじめから。

ガンバレ!
うまくスタートしろよ!
名前もわからない馬に心の中で声援をおくる。

そして2回目、見事なスタートを決めた!!

150224mos3.png


これで試験は無事に終了。

よかったよかった!!

ところで何という馬だったんだろう……。
と思っていたところ、西山牧場の西山茂行さんの2月21日のブログに以下の記事が!

*****************************


今日の東京競馬場
13R(最終レースのあとのゲート試験のことです。)

ニシノスタイル、やっと合格しました。

2011年夏の函館で新馬勝ち。
クローバー賞2着。
三歳になり中京フローラルウォーク賞で特別勝ち。
オープンの橘Sではガンジスの惜しい3着。

ここまでは順調満帆だった。
夏場、北海道に放牧してからおかしくなった。

馬運車で何かあったか?
とにかくゲートを嫌がるようになった。
西山牧場阿見で立て直すことになり栗東浅見厩舎から美浦の根本厩舎へ転厩。

馬は元気一杯なのにゲートに入らない。
ゲートで立ち上がる。
困ったしょぼん
あせる。

2013年10月20日を最後にゲート試験を競馬場でやることになり1年4ヶ月、
2015年2月21日
東京競馬場でやっと合格しました。

これで競馬に出走できます。

ありがとうございました。

根本厩舎のみなさん、
西山牧場阿見のスタッフ
江田勇騎手。

もう感謝だけです。

中山の楽しみが増えました。

*****************************

そうだったんだ!

最近、G1馬のローブディサージュが、ゲートにムリヤリいれられたのがトラウマになってゲートに入れようとすると震え出すという話を聞いたばかり。

おまけに、この日のメインのG3ダイヤモンドステークスでリキサンステルスがレース中に粉砕骨折で予後不良(安楽死処分)になるのを目の当たりにしたこともあり、なんか感慨深い……。

18戦2勝。
新馬勝ちし、札幌2歳ステークスにも出走し期待高まる中、結局は勝ち上がれずに今は障害未勝利戦に出る身。
そんなニシノスタイルだけど……。

よし、ニシノスタイル、ガンバレ!
これからこの馬を追っかけることにしよう!!

150224mos6.png


スポンサーサイト
Comment:2  Trackback:0
2015
02.21

卵と私 新宿ミロード店

夜、仕事で新宿方面に行った帰り。
ちょっとお腹がすいたこともあり、せっかくなので「久々にお店のオムライスを」と思い立った。

さて、どこにしようか???

えーと……。

答を出すまでに3秒とかからなかった。
疲れた体を新宿の人混みの中に運ぶ気力もない。
「ここは駅のそばで……」
ボクの中でボクがボクに話しかける。

ということで、ミロードの7Fにある、卵と私 新宿ミロード店に!

エレベーターでスーッと7Fに到着。
新宿ミロードは7Fから9Fがレストラン街。7Fには、「卵と私」の他に、「らーめん山頭火」、「シェーンズバーグ」、「洋麺屋 五右衛門」、「cafe Est!Est!」などの店が軒を連ねている。
「卵と私」は、同じフロアにある「洋麺屋 五右衛門」同様、「日本レストランシステム株式会社」が運営する店で、関東、関西を中心に全国に20店舗ほどある。まあ、関東、関西以外は静岡1、愛知2、北海道1、福岡1なので、全国展開というほどでもないかな。

エレベーターを降りてから店まではすぐ。
オムライスの並んだショーケースが姿を現す。

150221watashi1.png


それにしても……。

ずっと気になってたんだけど、

やっぱり名前がスゴイ。


卵と私。

小学校の作文のテーマか、それとも卵への熱き思いほとばしる青年の主張か、はたまた卵と相対峙する姿を客観的に見つめることで「私」という存在を浮き彫りにさせる新しい試みなのか……。

なにせ、「卵」と「私」が並列なのである。

項羽と劉邦
戦争と平和
戦争と人間
愛と誠
赤と黒
海と毒薬
そして、卵と私

都会の夜風(※1)に舞う、その文学的な香りを胸に、ボクは店に入り、サングラスを外して(※2)席に着く。

 ※1) ビル内なので、実際には風は吹いていない
 ※2) 実際にはサングラスはかけていないし、第一持っていない

卵と私。

椅子の背もたれに体を預け、天を仰ぐ。
卵かあ。何もかもがみな懐かしい(※3)。
一体何年ぶりだろう……(※4)。
ボクの中で、卵との思い出の日々が走馬灯のように駆け巡る(※5)。

 ※3)宇宙戦艦ヤマトの沖田艦長の気分で
 ※4)昨日の昼に食べたけど
 ※5)沖田艦長の気分とは言え、これじゃあ死んじゃいそうだあ!

あ、いけね、注文しないと!

テーブルの上のメニューを拝見。
うおおおおお!!!!!!
いっぱいあるじゃん!

定番っぽいケチャップ掛けの「洋食屋さんのオムライス」。
「チーズインオムライス デミグラスソース」。
「モッツァレラチーズのトマトソース」。
「鶏ときのこのチーズクリーム」。
などなど。

この日は数ある中から、ミートソースがとても美味しそうに思えたので、「とろけるチーズのミートソース」を選択!
ほどなくしてお目当てのオムライスがやってきた!

150221watashi2.png


うわっ!

た、卵が!!
卵が主張している!

みごとな存在感。
しかも、とてもきれにに包った卵。
まるですやすやと眠るかぐや姫を抱いて微笑んでいるかのようだ。

いや、まてよ。

150221watashi4.png


ミートソースの主張も半端ない。。
これは「卵と私」の前に、「卵とミートソース」の関係が気になるところだ。

宿敵。永遠のライバルなのか?
それとも、親友、心の通じたマブダチなのか???

果たして……。

とくとこの目で、いや、舌で確かめることとしよう。

卵とライスとミートソースを和え、

150221watashi3.png


いざ、実食!

と、そのとき、
「ちょっと待ったあああああ!!!!!!!!!」
突然の叫び声が。

何だ何だ???

「オレを忘れちゃあ困るぜ!」

おおおお!!!!チーズかあ!

そうだったそうだった。そもそも品名が「とろけるチーズのミートソース」じゃないかあ!
冷静に考えてみると、「卵と私」なのに、「卵」なんて品名にどこにも出てこない。
おい卵!
これだけ人に文学的かつ哲学的思考(※6)を強いておきながら、自分はどこへ行きやがった!
 ※6) ちょっと混乱している。とりあえず哲学的と言っておけば雰囲気がでそうという安直な考え

どうせなら品名を、
「卵と洋食屋さんのオムライス」
「卵とチーズインオムライス デミグラスソース」
「卵とモッツァレラチーズのトマトソース」
「卵と鶏ときのこのチーズクリーム」
「卵ととろけるチーズのミートソース」
にしろよー!
あ、「洋食屋さんのオムライス」はオムライス自体に卵も含まれているのでいい。

何れにせよ、チーズのとろけ具合もじっくりと味わいながら食べることにしよう!

150221watashi5.png


では改めて、実食!

いっただきま~す!

うん、おいしい!!!
ミートソースとチーズの力も大きいのかもしれないけど、
「私は今、オムライスを食べてるぞー!」と実感できるカンジ。
ボリュームも結構ある。
もう一口。
うん、絶賛するほど味しいというわけではないけど、何故か「オムライスを食べている」という実感がどんどん沸いて来る。
はいはい。
ミートソースの存在感が、うまく卵とライスの味を引き締めている。
それにチーズの食感とコクが加わっていいカンジ。
おー、食べてる、食べてる、オムライス!

ん?

……。

あ!

ああああ!!!!!

そういうことかあ!!!!!!

「私は今、オムライスを食べている」

これだったのかあ!!!!!
「卵と私」という店名は、「私は今、オムライスを食べている」ということを実感させることにあったのかあ!
同一空間に置かれた「卵」と「私」。ひしひしと押し寄せる同時代性、融合性に裏打ちされた「生」のリアリティ(※7)!
 ※7) 意味不明……。壊れちゃったのかな?

それからボクは、卵とご飯とチーズとミートソースがいい塩梅に調和したオムライスを一気に平らげた。

勘定を済ませ店外に。
「満足」の二文字が頭に浮かぶ。
その余韻を抱きつつ、エレベーターで1Fに降りる。

「卵と私」かあ……・。
これはしばらくの間、オムライス好きはやめられそうもないな(※8)。
ボクは、胸ポケットのサングラスを取り出し、そっとかけると(※9)、
「さて、もうひと踏ん張り。明日もガンバろう!」
そう自分に言い聞かせ、家路へと向かった。
 ※8) その気はさらさらない
 ※9) だから、サングラスは持っていないだろ!


Comment:6  Trackback:0
2015
02.18

【再掲載】 バイト探しは……

Category: お菓子
スミマセ~ン。
多忙につき、今日も再掲載でお許しを。。

140919gomenne4.png


140919gomenne1.png


*******************************************







*******************************************



バイト探しは

panda11.png

panda1.png



フロムメ~

panda12.png

panda2.png


パン田くん

panda13.png

panda3.png


あ、フロムメーで見つけてきたんだあ

panda14.png

panda4.png


なんでも聞いてね!

panda15.png

panda5.png


いいなあ、先輩、かわいいなあ

panda16.png

panda6.png


通るよ

panda17.png

panda7.png


あ、あ

panda18.png

panda8.png


パン田くん、大丈夫?

panda19.png

panda9.png


バイト探しはフロムメエ~

panda20.png

panda10.png


おつきあいいただき、ありがとうございました。。。


Comment:4  Trackback:0
2015
02.16

日出国を考える その1

Category: その他
昨年の1月に、千賀一生氏著作の「ガイアの法則」について書いた。
(今日の記事として再掲するので興味がある方はご覧ください)

この中で、「これからは日本が中心となる時代」といったことに触れたけど、今、ボクの中で、その感覚が今まで以上に強くなりつつある。

2月11日に、「今日は建国記念の日だけど、日本ってどういう国なんだろう?」との問いかけが頭に浮かんだ。
中国、韓国やイスラム国との関係といった政治的なことやら、「アナと雪の女王」に続いて「ベイマックス」というメッセージ性の強いディズニー映画がヒットしていることやら。

数回にわたり記事を書こうと思う。

では、以下は「ガイアの法則」の再掲。

*************************************************************

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災から19年が経過した。
今でも、朝のテレビに映し出された映像を鮮明に記憶している。
今改めて、犠牲となった人々のご冥福を心よりお祈り致します。

さて今日は、その「阪神・淡路大震災」が「新しい文明が東経135度で生まれた合図」であるという話のご紹介。

2010年に発行された「ガイアの法則(著者 千賀一生)」という本がある。

かいつまんで紹介すると……。

・文明には東洋文明と西洋文明がある。

・共に1611年周期で文明が栄える拠点(文明が開花する所)が移動する。

・拠点は、西洋文明は西に、東洋文明は東に、ともに22.5度移動する。

・西洋文明の移動を「西回りスピン」、東洋文明の移動を「東回りスピン」と呼ぶ。

・1611年のうち、前半の約800年は繁栄をする“昼の時期”で、後半の約800年は衰退へと向かう“夜の時期”である。

・西洋文明と東洋文明は交互に優位になる。両者には約800年のずれがあり、西洋文明が“昼の時期”のときは東洋文明は“夜の時期”で、逆に東洋文明が“昼の時期”のときは西洋文明は“夜の時期”である。

・西回りスピンが優位なときには「物質的な繁栄」が起き、東回りスピンが優位なときには「精神的な繁栄」が起きる。

・今は西暦1200年頃(約800年前)にイギリスから始まった「アングロサクソン文明」と呼ばれる西洋優位の時代。
 たとえば、共通言語は英語。時間はグリニッジ天文台が基準であり、資本主義経済(=「物質的な繁栄」)はイギリスの産業革命から始まったものである。

・前回(約1600年前)の東洋文明は唐文明で、112.5度の位置にある。ここから22.5度移動したところが次の文明の中心地。112.5度+22.5度=135度。まさに日本標準時子午線であり、阪神・淡路大震災の震源地である。

以上を図解するとこうなる。

140118spin1.png



さて、この「1611年周期」だけど……。

世界は16ビートで回っていて、人間は16ビートの音楽を聴くと気持ちが良くなるそうだ。
睡眠のレム睡眠,ノンレム睡眠は1.5時間ずつで、これは24時間を16ビートにした1ビートの時間。
バイオリズムは、身体リズム(23日周期)、感情リズム(28日周期)、知性リズム(33日周期)から成るが、365日を16で割ると約23日であり、身体リズムの周期に当たる。

この「16」がポイント。

地球(天体)の歳差運動の周期は25776年。
歳差運動の周期とは、自転の首ふり運動で、軸がぐるっと一周して円を描く周期。
斜めに傾いて回るコマの心棒の先端を目で追いかけると、ぐるっと回って円を描くでしょ。

その25776年を16ビートに分けると、1ビートは1611年。
この周期で新たな文明が生まれているってわけ。
なんかすごいなあ。。
とてつもなく大きな力に支配されている気がする。

この「ガイアの法則」に則ると、「アングロサクソン文明は衰退期に入り、新たな文明、イコール、東経135度で生まれる新たな東洋文明が中心になる」、言い換えると「物質的な文明=資本主義経済は衰退し、日本を中心とした精神的な文明が中心になる」ということだ。

で、その合図が1995年の「阪神・淡路大震災」だと。

新しい文明の始まりかあ……。

資本主義の限界。
それはいろいろな所で感じる。
限られた牌を取り合い、より多い利益を得るために企業は効率化を推進する。
営利企業として当然の活動であり、ボクもその中にいる。

そして、物質的な満足なしには精神的な満足が得られない麻薬中毒患者になって行く。
勝ち組だの負け組だのと言われる。
勝ち組は精神的な満足が得られるのか?
いや、物質的な満足が得られたところで、決して精神的な満足が得られるわけではない、とボクは思う。

ではどうすればよいか?

現在の世の中基準で物事を考えていてはこの閉塞感から脱することはできない。視点を変える必要がある。

たとえば……。

ボクは「新型うつ病」について漠然と思っていることがある。
好きなことは出来るけど、嫌いなことはできない、やろうとしないというのが一般的な特徴で、医師の診断書を片手に休職していることへの罪悪感、抵抗感があまりない。
休職中の手当、休職中に利用できる待遇や制度最大限に活用し、休職中に旅行にも行く。

で、周りはこの生活態度に呆れ果てる。
ふざけるなと。
理解不能。確かに、「ふざけるな」だ。
では、言い聞かせれば変わるのか?

ムリな気がする。
なんか違うような気がする。
これって、従来の考えでは永久に理解不能なのではないかと。
今までの常識、いわゆるDNAに刻み込まれたものの変化なのかもしれないって思う。
従来の人間にはないものが生まれつつある。
だから、従来の人間には理解できない(良い悪いの問題ではなく)。
従来の人間とは違う何かを身に着けてこの世に生を受けているのではないか?
まったく違う世の中を創造すべく命が生まれているのではないか?

まあ、新型うつがどうのこうのはともかくとして、間違いなく「資本主義経済文明」の次が求められつつある時代であり、日本がその中心になることは大いにあり得ると思う。
日本経済が衰退するに連れ、逆にそれは顕著になるのかもしれない。
大きな震災や事故を乗り越え、「きずな」を創生する、大いなる和の国、日本。

ボクはこの国に生まれたことを、そして、この国の人たちと同時代を生きていることを誇りに思う。


Comment:0  Trackback:0
2015
02.14

「そう、幸せなの!」 シーナさん、安らかに・・・

Category: その他
1978年の結成以来、一切のブランクなく活動を続けて来た、SHEENA & THE ROKKETS。

温故知新。
不易流行。

このバンドのことを思うと、頭の中に古風な四文字熟語が浮かんでくる。
本物は、いつの時にあっても、決してその輝きを失わない。
流れ行くのもではなく、変わらずにそこにいてくれる。

シーナの本名「悦子」から「ロック + エツコ = ロケッツ」となり命名されたバンド。綴りが「ROCKETS」ではなく「ROKKETS」であることは鮎川誠さん流の「ロックのセンス」だという。


以下は、昨年の6月9日の「earth garden」 ( ← リンク ) に掲載された記事の転載。


「世代を超えて繋がるロックの真髄」

●アースガーデン“夏”のステージ

–昨年、アースガーデンのステージに出演して、感想はいかがですか?

シーナ「すごい良かったわ。楽しかった。あの何か、フリーな感じ。もう、ロックにぴったりというか。フジロックみたいだった(笑)。でもここは原宿だよ。苗場じゃないよって。お客さんの雰囲気も最高だったわ。多分、思っている事とか、私たちが普段生活している感覚と同じだなっていうのは、すぐにわかったわ。」

鮎川「若い世代とファミリー。恋人たちとか、パンクスまで。みんなの顔がピカピカに見えてね。ロックはフリーで、勝手で良いんですよ。こう、何かしていないといかんとか、みんなで拳を上げなくちゃいかんとかじゃなくて。みんな勝手に犬の散歩して、赤ん坊と、お父さん、お母さんが一緒に聞ける。僕らはとても良いエネルギーをもらった。あの日ステージに立って、思い切りやれて。夜まで、頭がハイになってたね。」

–ほかの出演者とかはどうでしたか?

鮎川「三宅洋平くんも素晴らしかった。日本って大きなものに包まれたなかで偉そうなことを言うやつは多いけどさ。先頭切って選挙に出て、若い人たちが自分の意見を述べて、というのは、新しい芽だと思うんです。みんな一人一人が自分で決めるっていう、ロックの鉄則みたいな。「お前が最高なんだ」っていうメッセージなんだよね。世界にたった一人しかいない、君が決めることって言うかな。ロックで僕らが聞いてきたのは、そういうメッセージだった。まわりを見て、自分の何かを決めるんじゃなくてね。」

–やっぱりシンプルなロックは世代を超えるなって思います。

鮎川「ローリング・ストーンズやボブ・ディランの来日ライブだって、今年の話ですからね。ロックの底力をみんな、見せつけられたわけだから。若い人のロックもいいけど、もうロックを死ぬまでやるぜって人たちのパワーもすごい。ロックは流行とか関係ないからね。自分たちでやる音楽だからね。」

シーナ「アイデンティティというかな。心のベクトルの音楽だと思うし。年齢は関係なくて、みんなが若い目で世の中を見たり、自分の意識をしっかり持って、負けずに頑張って明るく生きるっていうね。」


●野外フェスについて

–フジロックにも何度も出られていると思うんですけど、野外フェスって何か、思い入れとかありますか?

シーナ「野外フェスはいいよね、気持ちよくて。」

鮎川「69年にウッドストックがあって、何か、野外フェスっていうのは、一つのロックの原点みたいな感じですよ。みんなヘッドホンして、ロック楽しめるけど、音楽が好きな仲間と、一緒に聞くともっと楽しい。昔、ライブハウスの前にロック喫茶みたいな文化があってね。お店のなかで、みんなで音楽を聞きよる。その喜びが、コンサート会場、野外に繋がる。野外って言うのは、究極のロックの始まりであり、もう最終。それしかないですよね。一緒にみんなで楽しむ。だから、今も昔もない。」

シーナ「若松のロックフェス『高塔山ジャム』。今年で11年になるよね。」

鮎川「30何年来のロックの仲間たちで始めたロックフェスだね。シーナの生まれ故郷の若松にある、小高い山のある頂上に、やっぱり野外音楽堂があって。玄界灘の海が広がる素晴らしいロケーション。作家の火野葦平(ひのあしへい)さんが愛した故郷でもあって。この山に伝わるカッパ伝説の本も一冊書かれていて。火野葦平さんの小説が高塔山の民話を題材としている。それでカッパロックフェスとか、みんなが呼び出したりして。そうやって少しずつみんなにも愛されているフェスティバルを今年もやるから。今年は11年目なんです。いろんな横道坊主も出るし、THE 卍のROLLYとかも聞きつけてぜひやりたいって言ってくれたり。ここ2、3年はバイクで飛ばして。本州のほうからも高塔山に来てくれたり。」

シーナ「私たちとルースターズは毎年、出てるの。」

鮎川「地元のバンドだからね。ま、ルースターズになったり、名前を変えて、花田になったり、ジプシーズになったり。いろいろありますけど。」


●ギターの音 バンドの音

–鮎川さんのギター音がとても好きなのですが、ギターへの想いについて教えてください。

鮎川「キース・リチャーズやら、ジョン・レノンやら、ジョージ・ハリソンやら、ジェフ・ベックやら、クラプトンやらのギタープレイをみて、その人の爪の垢を煎じて飲むっていうか。遥か遠くの存在なんだけど、勝手に僕も繋がっている同じ道と思ってギターを弾くことが嬉しいし。それで自分もやれている喜びが、今日までずっと繋がっているんです。」

–長年活動しているバンドについてはいかがですか?

鮎川「バンドなんて、みんな好きな仲間で、縁あって出会って、何も死ぬまで一緒にやるぞーって血判状押したわけでも何でも無い、毎日勝手なんですね。辞めたいっていったら、いつでも辞めても良いし、誰も困らない。ポールくらいになると、ものすごいみんな困るかもしれないけど。バンドはそういう自由な感じでしょ。しょうがないでしょ。音楽性があわないで離れていったり、活動が中止したり。

でも僕たちはいつも一緒の仲間でやれる。これはものすごい大きな喜びだし、やっぱり1回、1回、大切に思っているね。シーナ&ロケッツで東京出てきたときにもう、同じことを思ってた。「もうこれで最後だ、俺たち受けなかったら、もう頭かきながら博多帰らなあかんぜ」って新宿ロフトで一緒にやった時から、人に言われてやってないから。シーナ&ロケッツは全部自前で演奏するから。プログラミングはないし、全部手びき。これは自慢ですね。いい音出して、グルーブが生まれ、そこでエネルギーを発散したり、吸収したり。バンドは音で勝負っていうのは、変わらない信条ですね。

そのためには、元気じゃないといけないし、ちゃんと生活しておかないといけない。指にトゲ一本刺さったりとか、小さいことまで注意していますよ。もう、楽しみにしているからね。次のライブが決まったらね。その日はそこに行くぜって。自然にそういう生活になってる。」

–デビュー以来、休止することがなく、ずっとコンスタントに活動されているのがすごいなって思います。

鮎川「毎日、新しいところを教えてくれたり、知らない世界を見せてくれたり。それがロックだと思うんです。その時代を反映したとか、いろいろあるけれど、ハートから出る人間の叫び、喜びやら、悲しみを歌ったりとか、心をそのまま表す音楽。それはロックが生まれて50年くらいたつけれど、何も変わってない。僕らも、最初に好きだった音楽を続けられてる喜びがあります。それが仲間であれば、こんなに素敵なことはない。」


●ニューアルバム発売

–昨年、35周年を迎えられました。

鮎川「11月23日まで35周年で、9月に日比谷野外音楽堂で記念ライブをやります。7月にニューアルバム「ROKKET RIDE」を出すので、発売記念と35周年のお祝いで、長く応援してくれているファンの人たちに来てもらいたいと思っているの。そして、ロックって何だろう?って思っている若い人にも、生のロックを聞きにきて欲しいと思ってます。」

–6年ぶりの新作ですね。

鮎川「最近、6年ぶりが2度続いてね。デビューしたときは、大体1年に1枚ずっと作って、1990年まで、ずっとそのペースだったけど。
シーナ:曲つくって、レコーディングして、ライブやって。それやってるとすごい大変。

ちょっと構想を練っていたら、6年もかかってしまった。このメンバーになって、今、3年目に入ってね。奈良くんと川嶋くんは僕らがデビューして、東京に来た時と一緒の仲間なんです。気を使わないし、共有したビジョンがすごいあるからね。音楽をやるのに、こんなに心強いことはない。詩を書いてくれているクリスも、柴山俊之さんも、阿久悠さんなんて、ロックの最初の世代だからね。それと山名昇さんっていう、レゲエシーンの最高の評論家。このビクター青山スタジオでレコーディングできたってことも僕らにとっては感慨深い喜びがあった。」

シーナ「ここのスタジオは日本一よ。というか、世界一だと思うのよ。」

鮎川「新しい風もいっぱい吹いてくるけど、古い風もそうやって巡り巡って、縁あってまた一緒にやれる。本当に自分らの35年分の何かがこのレコードには詰め込まれているんですよ。」

–幸せな音楽が詰まっているという感じでしょうか?

シーナ「そう、幸せなの。」

–お話を聞いていて、鮎川さんもシーナさんも本当にロックを愛しているんだなって思った。今年のアースガーデン“夏”も大盛り上がりになること間違いないだろう。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


今宵は、いつまでも止まぬ歌声に耳を傾けながら、明るく、さよならを言おう。

シーナさん、ありがとう。

安らかに……。






Comment:0  Trackback:0
2015
02.13

カゴメオムライススタジアム開催!

夢じゃないよね。
いやあ、ものすごいニュースが飛び込んできた!!

オムライス日本一をめざし、今、熱い戦いが始まろうとしている。

その名は……、

カゴメオムライススタジアム

150213omusta1.png


以下はカゴメの1月15日の記事。

**********************************

カゴメ株式会社(社長:寺田直行、本社:愛知県名古屋市)は、国民的洋食であるオムライスの日本一を決定する実食イベント『カゴメ オムライススタジアム』の全国大会を、2015年5月16日(土)〜17日(日)の2日間、世界一高いタワーの足元、東京スカイツリータウン(R) 4階スカイアリーナにて開催いたします。これにともない、本日より、全国10エリアで開催される地方大会へのエントリー店舗様の募集を開始いたします。

日本人なら誰もが知っている洋食の定番メニュー「オムライス」。その起源は明治時代とも、大正時代とも言われますが、“和製洋食”として日本で独自に発展し、いまや国民的メニューとして親しまれています。最近では、飲食店にとどまらず、コンビニエンスストアや家庭のお弁当、さらにはご当地オムライスが登場するなど、オムライス人気は急上昇しており、懐かしの洋食メニューとして親しみのある世代から、トマトケチャップ味を好むお子様まで、幅広く愛されるメニューとして、その魅力が再注目されています。当イベントは、このオムライス人気をますます盛り上げると同時に、外食はもちろん、家庭でももっと気軽に美味しいオムライスを楽しんでいただけることを目指し、取り組んで参ります。

『カゴメ オムライススタジアム』では、国内でオムライスを提供している飲食店舗様を対象に、全国10エリア(北海道、東北、関東甲信越1、関東甲信越2、東海、北陸、近畿、中国、四国、九州)で地方大会を順次開催し、各エリアを勝ち上がった店舗様が全国大会に出場します。5月16日(土)〜17日(日)に開催される全国大会では、地方予選を勝ち抜いたオムライス自慢の店舗様が一同に集まる会場で、個性豊かな絶品オムライスを来場者に召し上がっていただき、人気投票により「カゴメ オムライススタジアム NO.1オムライス」を決定いたします。

また、人気投票については4月15日(水)〜5月16日(土)の期間、『カゴメ オムライススタジアム』公式サイトからも受け付ける予定です。

**********************************

そう、時代はオムライス!
やっぱりオムライス!!
みんな大好きオムライス!!!

今日(2月13日)までエントリーを受付。地方大会を勝ち抜いた店舗で全国大会が行われる。
ホント嬉しいし、めっちゃワクワクする。。

150213omusta2.png


さて、どんな店がエントリーし、どこが全国大会に駒を進めるのだろう???
そして、日本一の栄光に輝くのは……!!!

もちろん、全国大会の日にはスカイツリーに行こうと思う。


150213omusta3.png


みなさま、ご興味とお時間がありましたら、是非ご参加を!

やばい、鼻血が出て来た。
興奮を抑えきれない。。

子供か!

それとも、コーヒー飲み過ぎ?

ではでは!!


(やば、ティッシュ、ティッシュ……)


150213omusta4.png


Comment:8  Trackback:0
2015
02.11

豊かさって何だろう? 第2回 狭心症

Category: 未分類
失われた10年。
失われた20年。

バブル崩壊後の日本経済についてでよく目にする言葉。
「失われた」には、「バブルの時代は良かった。そこが基準であり、そこに戻らねば」の意味が込められている。

でもそれは、バブルを知っている人たちの言葉であり、バブルを知らない人々が言っている言葉ではない。

ボクも含め、「明るい未来を想像するんだ! みんなで創造するんだあ!」と叫んだりするけど、よくよく考えてみると、「何をもって明るい未来」なんだろう。

世間で言う「一流学校」を出て、「一流企業」に就職する。
そんな過去の既定路線は崩壊している。

バブルを知らない子供達。
明るい未来なんて、想像できない。

以下はネットで見つけた、詩。
「戦争を知らない子供達」の替え歌。

バブルが終って 僕らは生まれた
バブルを知らずに 僕らは育った
大人になって わかり始める
格差の意味をかみしめながら
僕らの名前を 覚えて欲しい
バブルを知らない子供たちさ

非正規社員じゃ 許されないから
三低男じゃなきゃ 対象外だから
今のわたしに 残っているのは
みじめをこらえて 歌うことだけさ
僕らの名前を 覚えて欲しい
バブルを知らない子供たちさ

ken tsurezureより

バブル前の価値観でバブル以前の状況を是としてそこを目指すことが良いことなのか?

時代は変わりつつある。
価値観も変わりつつある。
そして、宿っている魂が変わりつつある。
もしかしたら、前頭葉のつくりも変わりつつあるのでは???

たとえば、新型うつ。
仕事ができなくなり、休暇を取る。
でもプライベートでは元気に飲み会に参加したり旅行に行っ たりする。
周りにとっては意味不明、わけがわからない。
それを見た職場の上司や同僚が、「仮病だろう」「まったく近頃の若い者は」と憤る。
礼讃はしないけど、ボクはこれを病気ではなく、新たな価値観を生み出すニュータイプなのかもしれないと思っている。

限られた牌を奪い合う資本主義。
人の生活を豊かにするための機械化は、労働における人減らしを促進する。
食べきれないほどのご馳走をむさぼる飽食の一方で、飢餓に苦しむ人がいる。
でも、みんなの口に運ばれる食料はなく、「70億の人の命を保つ食料はない、食料危機を迎える」などと言われる。
本当かなあ???

今日の最後は、RADWIMPSの狭心症を。

曲の前に、ラジオで野田洋次郎さんが語る「狭心症」の歌詞や意味について。




人は、何をめざし、どこに向かって行くのだろう???

● 狭心症  RADWIMPS





Comment:7  Trackback:0
2015
02.09

【再掲載】 Strawberry Moon

Category: ストーリー
出たあ!得意の再掲載!!!!!!
ちょうど1年前に書いたストーリー、Strawberry Moon。
「Strawberry Moon」は、「いちご大福」と「月」をかけてつけたタイトル。
シンのこころに刻まれた、甘くてちょっとすっぱい、せつない思い出……。
あー、いちご大福食べた~い。。


   <1>

どこまでも続く湖面を、どことなく春めいた冬の風が渡る。
やがて風は湖畔に到達し、ふんわりと並木の横を通り過ぎて行く。

心地よさそうに揺れる木々。
やさしき葉擦れの音色に、ボクは目を閉じ、そっと耳を傾ける。

あの日と同じ音色。

滋賀県大津市への日帰り出張の帰り、岐路につくまでのわずかな時間を利用して訪れた膳所の地。パステル調の思い出が瞼の裏によみがえる。

「やっぱり50センチアップを釣るなら琵琶湖だよね!」

当時ボクは、仲間たちと流行のブラックバス釣りに興じていた。
そんな仲間内の誰からともなく出た言葉。

賛成6名。反対ゼロ。
必然的に、ボク達は夏休みを利用した琵琶湖突撃計画を打ち立てた。

「先ずは膳所城址公園を目指そう!」

深夜、ワンボックスカーで都内を出発。ボクの運転で、一路、琵琶湖を目指す。

「じゃあ、シンが寝ないように私が助手席で相手してあげる!」

ピンク色のタンクトップ姿で助手席に乗り込むユキ。
無防備な胸元が運転手にはまぶしすぎる。

3ヶ月ぶりに会うという「距離」の照れくささで、ちょっとぎこちない仕草のボク。
そんな距離を、彼女が光の速さで縮めてくれたのは、東名高速に乗る10分ほど前のことだった。

「タバコ、吸う?」
マールボロの箱に手をやり彼女が言った。

どうしようかな。そうだなあ、高速に乗ったら窓開けられないしなあ……。

「ありがとう。じゃあ、ちょうだい」
3秒遅れの返事をしながら、ボクは彼女に向かって左手を差し出した。
「うん。あ、ちょっと待って」
彼女はマールボロを自分の口にくわえて火をつけると、それをボクの口に運んだ。

え?

フィルターのちょっと湿った感覚に、唇がドキドキする。

これってどういうこと?

ボクは、深呼吸をするように煙を大きく一息吸い込み、ゆっくりとそれをはいた。

「シン、オムライス好きでしょ?」
「うん」
「それと、いちごも」
「うん、好き」
「なんか親近感わいちゃってさあ」

唇に感じたドキドキが体中に入り込む。
そして同時に、ドキドキはボクの胸に甘く切ない思いを届けてくれた。

本当は暗くてはっきりとは見えないのだけど、助手席の窓の先をぼんやりと見る彼女の目が、とてもキラキラしているように思える。

「大福も好きだよ」
「あー、私も好き! なんかババくさいって言われるけど和菓子って大好きなんだあ!」
嬉しそうな笑顔がボクの顔をのぞき込む。

ほのかに香るつややかな髪の香りが、やわらかいぬくもりを運んでくれる。

彼女が大福も好きなのことを、ボクは知っていた。

過ぎ去る街灯に映し出される彼女の穏やかな表情(かお)がとても愛おしい。

瞬間、時間がとまった。

こころが、通じている。

「シン、どんなルアー持ってきた?」
マサキの一言で、ほんのわずかなふたりの時間は終了を告げた。
それでもボクのこころは笑顔にあふれていた。

窓の向こうの月も、ニッコリと笑っている。

140128zeze1.png


   <2>

はじめて彼女に会ったのはライトグリーンの風の中だった。

その年の5月。

「バイト友達に釣りをやりたいって子がいるんだけど」
そう言って、マサキの彼女のアカネが芦ノ湖へのバス釣りにユキを連れてきた。

「はじめまして、シノハラユキです!」

キラキラと光り輝く金色のピアス。
ソバージュがかった長い茶髪。
ハイビスカスをあしらったピンクのシャツにデニムのパンツ。
端正に整った目鼻立ちが、にっこりとほほ笑んでいる。

うわ、派手! どこのお店の子? こういう子、苦手なんだよなあ……。
それが彼女に対するボクの第一印象だった。

どうしよう、話が続くかなあ……。

4人で出かけたバス釣り。
2人ひと組でボートに乗って釣りをするのだけど、マサキとアカネがペア。
4-2=2。残りの組み合わせは小学生でもわかる。

「シンくん、じゃあユキをよろしくね!」
先にボートに乗り込んだアカネが叫ぶ。
「ガンバれよ!」
間髪を入れずに、アカネの対面に座ったマサキが親指を立てる。

一体何をガンバるのだか。

「は-い!ガンバる~!」
ボクの横で、くったくのない笑顔が、目いっぱい伸ばした手を大きく振っている。
その手の先にあるのは、どこまでも広がる青空と晩春のやさしい陽光にきらめく湖水。
そのときボクは、なぜか、ふと、とてもきれいで儚げな1枚の絵画を見ているような、そんな錯覚に陥った。

それからボクは、ルアーの投げ方や泳がせ方はもちろん、マナーも含めてバス釣りのイロハを彼女に教えた。
そして飲み込みのよい彼女は、ボクの教えを忠実に守ってくれた。
"はい先生、わかりました!"
"ねえねえ、糸がこんがらがっちゃったんだけどこういう時はどうしたらいいの?"
"あー、藻にひっかかっちゃったよー"
"釣れないかなあ……。お願いバスちゃん、釣れて!"

派手な見た目とは違って意外と純朴なのかも。

「ねえねえ、初対面だし先生に向かってこんなこと言うのもなんだけど……。同い年じゃん、シンって呼んでもいい?」

そのときどうやら、ボクの「こころのバリア」の門番はうたた寝をしていたらしい。
誰とでもすぐに仲良くなれる子供のように、彼女はボクのこころに飛び込んできた。
遠慮がないのか垣根がないのか。
でも、不思議なことに不快感は全くなかった。
それどころか、なんだか懐かしく、とても落ち着くような……。

もしかしたらボクのこころは、どこかでそういう人の訪れを待ち望んでいたのかもしれない。

昼食の頃にはボクたちはすっかり打ち解けていた。

3つの仕事を掛け持ちしていて今日が2ヶ月ぶりの休みであること。
明日からまたしばらく休みなく働くこと。

おにぎりをほお張りながら、明るい声で話す彼女。

「でも、仕事は好きだから。じっとしてるのも苦手だしさ」
「そうかあ……。じゃあ、今日は絶対に釣ろう!」
「うん!」
大きく頷きながら、彼女はボクがくわえたマールボロに火をつけてくれた。

「よし、午後は日没まで気合を入れて行くよ!」
「オッケー!」
小さな手の中で、おにぎりが笑っている。


芦ノ湖の湖面を月明かりが照らし始めるころ、ボクたちは釣りを終えて桟橋に戻った。

なくしたルアー、3つ。
釣れたバスの数、ボク1、彼女ゼロ。
手に入れたもの。ボートを漕いだ距離の新記録と、腕の筋肉痛。

それがこの日の釣果だった。

「お疲れ。ゴメン、釣れると思ったんだけどなあ……」
ボートを降り、街灯の下で丁寧に道具を片付ける彼女にボクは話かけた。

「ううん、スゴく楽しかった!またやりたいなあ……」

暮れ行く湖畔のそよ風に、やわらかい声が運ばれる。

「うん、またやろう。今度こそちゃんと釣らせてあげる!」

「やったあ!」

日が暮れて、もう家に帰る時間になった子供同士が交わす明日の約束。
ボクを信じてくれる、疑いのない笑顔。

そよ風に運ばれたやわらかい声は、ボクのこころの深いところに届いた。

次、いつ会えるかな。
また一緒に遊びたいな……。

ボクの中に宿ったそんな気持ちを、この後の会話での彼女の言葉は一層強くさせてくれた。
そのときのことは今でもはっきりと覚えている。彼女の声も、風の匂いも、ボクの中でのシナプスの動きも。

「ねえ、あたし変じゃなかった?」
片付けを終えクルマに向かう道すがら、彼女が真面目な顔で口を開いた。
「ん? いや、ユキちゃんはセンスあるし投げ方もいいし、全然……」
何で彼女が突然そんな問いかけをしたのか、最初は全く理解できなかった。

「シン、今日一日やさしくしてくれてありがと」
彼女は星が瞬き始めた空を見上げながらそう言うと、一呼吸おいて続けた。
「あたしさあ、人にやさしくされたことってなくて。褒められたことも。だから、すごく嬉しかったし、どうしていいかわからなくて」

最後まであきらめずにガンバってルアーを投げ続ける彼女。

"は-い!ガンバる~!"
くったくのない笑顔。
大きく振られた目いっぱい伸ばした手。
どこまでも広がる青空。
晩春のやさしい陽光にきらめく湖水。

この日ボクの中に描かれた、きれいで儚げな1枚の絵画。

「いや、ユキちゃんのガンバりに応えたくて……」

"あのさあ、良かったら連絡先を……"

ボクはのどまで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。
そんなこと気軽に言ってはいけない。何故か、そんな思いがボクを通り過ぎて行った。

140209ashinoko1.png


   <3>

東の空が白み始めたころ、琵琶湖に向かったボクたちは目的地の膳所城址公園に到着した。
目の前に広がる大海原のような湖面を乾いた無邪気な風が自在に駆け回る。
そして悪戯好きなその風は、すれ違いざまに、ボクのフィッシングキャップを目深にかぶった彼女の髪をかき上げながら去って行く。

そんな彼女の姿を見て思う。
ずっとこの時間が続いたらいいのに。

「琵琶湖、ユキも行けるって!」
マサキと琵琶湖突撃計画を立てていたボクの耳にアカネの元気な声が響いたのは、夏休みを2週間後に控えた7月の終わりの頃だった。
「今度は釣れるような気がするって言ってたよ」
まぶしさを増した太陽にも負けない熱い思いが、ボクの中から溢れ出す。

それからボクは、試験間近の受験生よろしく琵琶湖での釣り方を徹底的に研究した。

研究したのはそれだけではない。

誕生日:2月10日
好きな食べ物:オムライス、イチゴ、和菓子
好きな色:ピンク

兄弟はいない。

そして……、両親も。

それがアカネから仕入れた情報。

「さあ、今日は絶対に釣るぞ!」
誰にというわけでもなくそう言うと、ボクはクルマから釣り道具を取り出しロッド(竿)とリールを彼女に手渡した。

「ロッドの準備、自分でできる?」
「うん、やってみる!」

ロッドにライン(糸)を通す彼女。

派手な容姿の中に潜む儚げな影。

" あたしさあ、人にやさしくされたことってなくて。褒められたことも。だから、すごく嬉しかったし、どうしていいかわからなくて "

芦ノ湖での彼女の言葉がボクの中でリフレインする。

ただただ、ロッドとラインに集中する彼女。
その後ろで心地よさそうに揺れる木々。
木々が奏でる深緑の葉擦れの音色。
その音色から飛び出した妖精が、彼女の周りで楽しげに踊っている。

140209zeze1.png


   <4>

冬の膳所城址公園に夕闇が迫る。
あれから何年経ったのだっけ。
あの日と同じ葉擦れの音色に身をゆだねていたボクは、目を開け、近江大橋の方を見やった。

その日、近江大橋付近で、彼女は見事にランカーサイズのブラックバスを釣り上げた。

"あー、なんかすごい、あーどうしよう"
"焦るな焦るな、ロッドとラインを直角にするんだ!"
"うわあ、走ってくよー"
"左に走ったらロッドを右にするんだ! ドラッグをちょっと緩めて慌てずに巻くんだ"
"なんか弱って来た"
"そうそう、ほら、もうすぐだ"
"来た来た!"
"よし、ロッドを立てて!"

"やったああ!釣れたあ!!!"

時に神様は、とても不公平に人生を創造する。
幼くして両親を亡くした彼女が、どれだけ辛い思いをしてきたことか。
他人(ひと)に受け入れられようと、どれだけ自分を押し殺し、耐えてきたことか。
こころに偽りの化粧を施した派手な容姿。
でも、純真なこころは簡単に穢れはしない。

ボクは、スーツの内ポケットから一通の手紙を取り出した。

シンへ

今日もありがとう!
楽しかったよ

芦ノ湖でシンがやさしくしてくれてうれしかった
すごくすごくうれしかった

それと
もうひとつ言いたいことがあるんだ

あのときシン、自分が釣ったバスにかかった針がなかなかとれなくて
逃がしたときにずっと「大丈夫かなあ」って心配してたでしょ

あれ、グッときたよ
こういう人もいるんだな
わたしもこういうこころを持ちたいって

わたしはまだ自分がわからない
でも、人に必要とされる人になりたいって思う

なれるかどうかわからないけど、そういう自分を探そうと思う

ねえシン
いつかオムライス食べに行こう!
もっともっとシンといっぱい話したい

いちごでもいいかな……
わたしは和菓子好きだからいちご大福もいいなあ

食べ物のことばっかだね

本当にありがとう、シン

じゃあまたね

ユキ


琵琶湖からの帰り際に彼女が手渡してくれた、最初で最後の手紙。
琵琶湖に来る前に予め用意していたらしい。

ユキ、自分探しはうまくできたかな?

暮れ行く空を見上げる。
夜の訪れを告げるまあるい月が、くっきりと浮かびあがっている。

冬の琵琶湖に一緒に来たかったよ。
そう、ユキの誕生日に。

だって、あれから調べたんだ。
膳所(ここ)にある松田常盤堂がいちご大福の発祥の店なんだって。
発祥と言われる店はいくつかあるみたいだけど、この店もそのひとつ。

ほら、ユキが好きなピンク色の、とても綺麗ないちご大福だよ。

ボクは空に輝くそれにも負けないくらいキラキラと輝くお月さまを袋から出し、手にした。

もう一度見たかったなあ。ブラックバスを釣ったときの、この世の幸せを独り占めしたようなユキの嬉しそうな顔。

"あたしが生まれた日、まっ白い雪が降ってたんだって!"

ユキ、誕生日おめでとう。

ピンクのお月さまを口に運ぶ。

甘くて、ちょっぴりすっぱい味が、ボクのこころに溶け込む。

Strawberry Moon。

葉擦れの音色から飛び出した妖精が、ボクの周りで踊り出す。


おわり

140209tokiwa3.png



Comment:6  Trackback:0
2015
02.06

ストレンジカメレオン

Category: その他
以下は、1月25日の「何のために、誰のためにブログを書く???」で書いた、ボクのブログのコンセプト。

「何のために」
・自分の思いや考えや書いたストーリーを、共感いただける方に読んでもらうために
・将来、ストーリーを書籍化するために

「誰のために」
・自分のために
・共感、支持してくださる方のために

「キーワード」
・つながり
・ぬくもり
・まごころ

自分にとっての「豊かさ」を考えてみると、ブログを書いている時間は、まさにとても充実していて「豊か」な時間である。
「さて、今日は何を書こうかな?」って考えるのはとても楽しいし、さらに言うと、共感、支持してくださる方を思い浮かべながら「この人に読んだもらいたいなあ。あの人と心がつながるといいなあ」なんて思いながら書いていたりする。

何十人、何百人の通りすがりの人ではなく、ひとりの共感してくれる人に読んでもらいたい。
ストーリーにしても、多くの人に一回読んで捨てられる話ではなく、ひとりの人に何回でも読んでもらえるような話を書きたい。
そう思っているし、それがブログを書くボクにとっての「豊かさ」。

2月3日の記事で、the pillowsのストレンジカメレオンを掲載した。
この曲は、先日、とても魅力的な文章を書く方に教えて頂いたものだ。
教えて頂きとても感謝している。

ストレンジカメレオンは、商業的な成功を最優先に色々な人の意見を取り入れて製作された前作「Tiny Boat」の失敗もあり、事務所などの反発も無視しメンバー(特にボーカルの山中さわおさん)の独断で半ば強引に発表された曲。ギターの真鍋吉明さんは、ストレンジカメレオンが収録されたアルバム「Please Mr. Lostman」を、「音楽業界への遺書」だと語っている。
「レコード会社や事務所に反対されても、自分たちが信じる曲を」と決意したthe pillows。
深夜、その思いを受けとめながら、ストレンジカメレオンを聴く。

********************************

ストレンジ カメレオン

作詞:山中さわお 作曲:山中さわお

I wanna be your gentleman
変われる場所を探しに行こうか 誰かみたいに
I wanna be your gentleman
隠れる森を目指してみようか 痛くないように

汚れた川を汚れた僕と泳ぐ
君はとってもキレイだった
浮き沈みしながら 向こう岸へ辿り着いた後を
考えてる 今でもずっと

君といるのが好きで あとはほとんど嫌いで
まわりの色に馴染まない 出来損ないのカメレオン
優しい歌を唄いたい 拍手は一人分でいいのさ
それは君の事だよ

I wanna be your gentleman
上手くちぎれてくれない尻尾はトゲトゲで
I wanna be your gentleman
引っかき傷は癒えないのさ 治らないんだ

‘たぶん もうすぐさ きっと’なんて息を止めたまま
どうでもいい行列に並んでもみた
‘終わらないプレリュード奏でて生きてゆくみたいだね’って
僕ら笑う 死んでるように

たとえ世界はデタラメで タネも仕掛けもあって
生まれたままの色じゃ もうダメだって気づいても
逆立ちしても変わらない 滅びる覚悟はできてるのさ
僕はStrange Chameleon

勘違いしないでね 別に悲しくはないのさ
抱き合わせなんだろう 孤独と自由はいつも

もしも全てが嘘で ただつじつま合わせで
いつか慣ついていた猫は お腹すかしていただけで
すぐにパチンと音がして 弾けてしまう幻でも
手の平がまだ暖かい

恐いモノ知らずで 時代ははしゃぎまわり
僕と君のすごした ページは破り去られ
歴史には価値のない 化石の一つになるのさ
君と出会えて良かったな
Bye Bye 僕はStrange Chameleon

********************************

どこまでも深淵な、漆黒の夜空。
その彼方から、ネオンのように色を変えて光るカメレオンがやって来る。
カメレオンは次第に大きさを増し、やがてボクの目の前を通過する。
瞬間、ギョロっとした目が、ボクの目を射抜く。

カメレオン。
生まれたままの色。
変われる色。
とりつくろう、色。

汚れた血。
変わりたい自分。
変わりたくない自分。
変われない、自分。

生きたい自分。
死にたい自分。

ボクは誰なんだろう。

心が痛い。
空気が、痛い。

孤独、祈り、誇り。

つながり、まごころ、ぬくもり。
それは、孤独を好み、こころ閉ざす、冷たい自分への戒め?

明日のボクは昨日のボクと何が違うのだろう。

前向きな自分。
挫ける自分。
自分を励ます自分。
自分を蔑む自分。
励まされたい、自分。


優しい歌を唄いたい 拍手は一人分でいいのさ それは君の事だよ

2015年の真冬、遠くからやって来た歌声が、こころに響く。


● NEW ANIMAL  the pillows




● その未来は今  the pillows





Comment:3  Trackback:0
2015
02.05

2020年、チョコが消える!?

Category: お菓子
巷では、バレンタインデーに向けていろいろなチョコが売り出されている今日この頃。
冬季限定販売のチョコも多く、この時期は夏に比べて倍の売上があるのだとか。

チョコ好きの人に聞いたんだけど、冬はチョコ販売のイベントがいろいろとあり、愛好家やパティシエ、チョコラティエを目指す人たちはこぞって参加するとのこと。
そこでは高級チョコが売られ、辻口博啓シェフのひと粒1,000円以上もするチョコなんかが飛ぶように売れる。
その話を聞いて「ひと粒1,000円のチョコ!」って驚いたけど、好きな人にとっては当たり前のようで、イベントでは何万円分ものチョコを買って帰るのだそうだ。
どうやら、さくさくぱんだで満足しているボクとはかなり次元が違う……。

そんなチョコだけど、「2020年にはチョコが世界から消える」という危機に直面していると言う。
昨年末、スイスのチョコレートメーカー「バリーカレボー」は、「チョコの消費が急増し、カカオ不足が懸念されるため、チョコは2020年には世界から消えるだろう」と表明。「唯一の解決方法は人々がチョコを食べる量を減らすことだ」と警鐘を鳴らしている。
同社によれば、2014年のカカオパウダーの価格は前年に比べて25%上昇したものの、同社がここ2年間で販売したチョコは170万トンに上り、販売量は10%ほど伸びている。
その一方で、生産国では農場の経営不振が続いており、天然ゴムといった収益性の高い農産物への移行が進んでいるため原材料であるカカオ豆の生産が追いつかない。つまり、メーカーの生産は、「消費が拡大しても原料は不足している」という厳しい状況に追い込まれているのだ。

日本でも昨年、明治が板チョコ「ミルクチョコレート」の縦と横の長さを約1cm短くしたり、森永製菓が「チョコボール」を1粒当たり25gから24gに軽くしたり、ロッテが「パイの実(18袋入)」を6個少なくするなど、実質値上げが相次いだ。

また、カカオ豆が生産されている西アフリカでのエボラ出血熱の流行も、チョコレート不足につながる懸念材料のようだ。
コートジボアールとガーナで世界の約6割のカカオ豆が生産されている。
この両国にエボラ出血熱が広まりでもしたら……。

いやあ、チョコが食べられなくなるなんて。
2020年。東京オリンピックが開催される日本。
大いなる祭典に沸きあがるその年に、「チョコ、ちょこっとちょうだい」なんて寒いオヤジギャグですら、「あんなギャグが言えてた時はよかったね」なんて懐かしく思えてしまう時代が来てしまうのだろうか???

そんなの、想像したくもない……。

だって……。

だって……。


さくさくぱんだと別れたくないしーーーーーー!!!!!!!!!

そこかい!

DSC_0451.jpg


Comment:2  Trackback:0
2015
02.03

テスト期間中に掃除が捗ったりする現象について

Category: その他
2月。
受験シーズン真っただ中。
受験生の皆さん、ホント健康には気をつけて望みましょう!
ボクは痛感しているので……。

え、何を?

いやあ、よくぞ聞いてくれました!

それは……、

花粉症。

やつに出会ったのは、高校3年の大学受験の時期だった。
マンガかドラマの転校生のように不意に教室に姿を現し、ボクの隣りの席に座ると、右手の親指を立てながら「よろしくな」と言い放ちやがった。
以来、腐れ縁というべきか、今日までそのつきあいは続いている。
そう、振り向けば、そこにはやつがいた。

今年もそうだ。
ここ数日、ちょっと鼻がムズムズする。
気のせい?
いや違う。
一昨日は間違いなく、今年の一日あたりのくしゃみ回数の自己ベストを更新した。
やつが近よって来る足音が、確実に聞こえる。

巷では「くしゃみ1回はほめられ、2回は悪口を言われ、3回はほれられ、4回は風邪」なんて言うが、伝説のバース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発なんのその、この時期の3連発は日常茶飯事。世界中の女性にほれられちゃう勢いだぜ……。

そんな花粉症とのつきあい。
いやあ辛いよなあ。
最近は早めに薬を飲み始めているせいか、ちょっとは楽だけど。。

発症したときが一番ひどかった。
とにかく試験に集中できない。
両方の鼻にティッシュつめ込み状態。
そうしないと、椅子に座って問題を読んでいるだけでも、ツ~ってて鼻水が溢れでてくる。
しかも鼻は両方ともつまっているので、口でフガフガ。

夜なんか寝られやしない。
あおむけだと両方の鼻がつまるので、左右どっちかを上にして寝る。
そうすると上にした方の鼻がスーッと通ってくる。
「よし、いいぞいいぞ。このまま逆を上にしたら両方の鼻が通るのでは???」
そんな淡い期待を抱きながら寝返りを打つと、期待に応えてくれた逆の鼻が徐々に通ってくるんだけど、今度はさっきまで通っていた方の鼻がそれに反比例するように詰まって行く……。

救いようのない絶望感とともに、イライラ最高潮。

そう、だから受験のときは自分の力の半分も……。

ん?

ちょっと待ったああ!!!!!!!!!!!
おっと、いいわけするのかい。
受験で第一志望校に落ちたのは花粉症のせいかい???

やばい、くしゃみが……。

150203kusyami1.png
irorio.jpより

閑話休題、ここから本題。

いいわけ。

受験やテスト期間のときって、肝心な勉強ではなくて、なぜか読書の時間が増えたり掃除が捗ったりしない?

テスト期間になると掃除が捗る。
多くの人が経験しているこの現象。
これって何だろう???
ちなみに、下のグラフは名古屋市の月別のゴミ処理量だけど、大掃除が行われる12月が一番多いので、試験期間に学生が一斉に掃除に精を出してゴミの量が増えるってわけでもなさそうだ。

150203gomi1.png


実はこの現象にはちゃんと名前がついていて、心理学ではこう呼ぶらしい。

セルフ・ハンディキャッピング

以下、ニコニコ大百科(仮)より。

************************************

セルフ・ハンディキャッピングとは、試験など何かの本番前に予め「全然勉強できてない」「体調が悪い」などと言い訳をしておくアレのことである。
少し真面目な言い方をすると、「自らの失敗理由を外的要因に求め、自らの成功理由を内的要因に求めるための事前工作」を指す心理学用語である。

■ 概要 ■

ある行為によって自己のイメージが脅かされる結果が生じることが予期される場合、結果が出る時点で自分に有利な帰属がなされるように、あらかじめハンディキャップを自分に与えるような行動をとったり、ハンディキャップがあることを主張しておく行為。
――『社会心理学小事典〔増補版〕』 有斐閣

このセルフ・ハンディキャッピング行動は、大きく2つに分類することができる。

1.自らハンディキャップを作り出す(例:試験前にあえてゲームをする)
= 獲得的セルフ・ハンディキャッピング

2.自らにハンディキャップがあることを主張する(例:準備不足であることを、試験当日に友達に対して嘆いてみせる)
= 主張的セルフ・ハンディキャッピング

特に自身の勝利や成功に確信がない場合、こうした行動や主張をあらかじめとっておくことによって、

実際に失敗した場合は、それが自身の能力不足ゆえではなくハンディキャップを背負っていたせいだと自他に言い訳でき、評価や自尊心を保つことができる。

実際に成功した場合は、ハンディキャップがあるにもかかわらず良い結果を得られたと解釈して自尊心を高揚させ、また他人からもより高評価を得ることができる。

という効果を期待するものである。つまりセルフ・ハンディキャッピングは、自らの評価や自尊心を守るために人間がとる「自己防衛」といえる。

理論上、セルフ・ハンディキャッピングは成功率や状況を悪化させこそすれ、良化させることはなく、その行動に生産的価値は存在しない。それは結局、失敗や不調の原因が自己の能力ではなく、外部から与えられた要因にあると思い込ませる、論理のすり替えに過ぎないからである。

ただし、だからといって一概にセルフ・ハンディキャッピングをした人間を責めることは難しい。人間は他の動物と比較しても特に社会的であり、自身と他者とが入り乱れる集団社会において、自己のみなされ方(世間体)を完全に無視して生き続けることは困難だし、自尊心を失った状態で生活することもできない。

多かれ少なかれ評価や優劣を意識する人間にとって、「格好悪くあがいて少しでも成功に近づこうとする」ことよりも「手を尽くしてプライドを守る」ことがより重要だと判断した状況では、セルフ・ハンディキャッピングは誰の身にも起き得ることと思うべきだろう。

************************************

なるほど!
そういうことだったのかあ!!
うん、あるあるこれ。

それに、テスト直前。
時間割を作って計画を立てる。
でも、計画は作って満足するだけで、実際には守られなかったりする。
計画表を見ながら「さて、今回のテスト範囲なら3時間でよいから、ちょっと仮眠して勉強は9時からやろうかな」なんて先延ばしにして、結局9時になると「10時からでも大丈夫だな」なんて脈略のない計算による引き延ばし作戦が決行される。
最後は開き直り。
仮眠は延々と夜中まで続き、いよいよやばいと飛びおきた真夜中に「できるよ、きっと。うん、大丈夫」なんて妙な自信がわいてきたり。

そして迎えた試験当日。
今度はテストを相手に「3問続けてBはないよなあ……」なんてわけのわからない心理戦がはじまったりする。

いやあ、人間って面白いなあ。。

ではでは!

● ストレンジカメレオン / the pillows





Comment:4  Trackback:0
2015
02.01

豊かさって何だろう? 第1回 「豊かさが招く不幸」を考える

Category: その他
2月1日。
2015年は、1月が終わり、新しい月を迎えた。
いやあ、はやいあなあ。。
まさに光陰矢のごとし。
ボクが乗っている「時」が、ものすごいスピードでビュンビュンと走って行く。
一日が短い。「忙しさ」といった個人的な状況もあるとは言え、そういう次元ではなく、宇宙空間自体の時間が短くなっているような気がする……。

そんなこんなで、いまだに答えを出せていないのが昨年のテーマ。
昨年の1月2日に、「年間を通して何を意識して記事を書くか」とのテーマを設けた。
それは、「『マイペースでいきましょう』の雨月さんがご自身のブログで問うていた「『愛』『友情』『健康』『平和』『自由』『お金』『正義』『社会秩序』の8つの要素を、自分 にとって大切な順に並べてください」の答を出すこと。
年間を通してこの「8つの要素」を意識して記事を書き、自分にとっての順番を決めようと……。
そして1年経ったけど、自分としての順番は、まだつけられないでいる。

何れ答を出そうと思っているんだけど、その前にベースとなる価値基準をしっかりとしておきたいと思っている。

そこで。

今年は、今日のタイトルの、"「豊かさ」って何だろう?" を考え、それを踏まえて8つの要素の順番を結論付けていきたいと思う。

では、その皮切りとして。

「豊かさ」と「幸福」の関係ってどうなっているんだろう。

皮きりに、2004年に日経サイエンス誌に掲載された、アメリカのスワスモア大学で心理学部の社会理論および社会行動論の教鞭をとっているB.シュワルツ教授の論文を見てみることにしよう。

原題は、The Tyranny of Choice(SCIENTIFIC AMERICAN April 2004)。
直訳すると「選択肢の暴虐」。
日経サイエンス誌上の邦題は「豊かさが招く不幸」。
アメリカのことを論じているが、日本にも当てはまる。

概要は次の通り。

生活をする上で、何かを選ぶ際の選択肢の数は以前よりずっと多くなった。
選択の機会があることで私たちの生活はより豊かになる。魅力的な選択肢があるのならその数が多い方がいいだろう。
しかし、多ければいいとは限らない。

選択肢や豊かさの増加にともない、幸福感が低下している。アメリカの国内総生産(GDP)は過去30年間で2倍以上に増加したが、「非常に幸せ」と感じる人の割合は約5%ほど減少した上に、抑うつ状態になる人が増えている。
さまざまな調査から、選択肢の爆発的な増加が幸福感を低下させる重要な要因になっていることがわかってきた。
豊かになり、やりたいことができるようになるにつれ幸福感が薄れていく。なぜ不幸の度合いが増えてしまうのだろう?

人間のタイプは、「常に最良の選択を追及する人(=追及者)」と「他にもっと良い選択肢が有っても無くても満足できるものを目指す人(=満足者)」の二つに分けることが出来る。
アンケート調査を行い結果を分析すると、追及者は、自分がいいものを選んだとわかっても満足できず、得られた幸福感より選択から外したものを得られなかった事への失望の方を大きく感じてしまう傾向を持つ。たとえば、「休日を海で過ごすと決めると、おしゃれなレストランへは行き損ねることになってしまう」など。

人間の持つ順応性も、多くの選択肢から何を選んでも満足をえられなくなる要因となる。
たとえば考えに考えて高級車を買う。購入当初は運転する喜びを感じるが、何れそれは薄れて行く。
他の車に目移りしたり、車を買う金で他のものが買えたとか……。

また、選んだ結果が期待通りでないと、追及者は後悔し自分を責めてしまう。
期待通りでないのは自分の失敗と感じ、もっと良い選択をしていたら避けられたし、避けるべき失敗だったと思ってしまう。
こういった失望が積み重なると、自分は正しい事が何も出来ないと思い始め、心に破壊的な影響をもたらし、うつ病の原因にもなる。

選択できるということは人間にとってとても重要なプラスの効果をもたらす。
しかし、選択肢を増やせばいいというものではない。
社会も選択肢を尊重しすぎないように考えを改める必要がある。
退職金の運用方法や健康保険の選択、医療における患者の自己決定権など、世の中では「進歩」とみなされるいろいろな議論がなされている。しかしそれらは「選択肢は多ければ多いほどよい」という誤った前提のもとになされているのではないだろうか。

150201YUTAKASA1.png


なるほど。

「豊かさ」
「選択肢の多さ」
「幸福」

これに「情報の多さ」を加え、この関係を考え分析するのは面白そうだ。
ということで、今年はこれを考えながら記事を書き進めていきたいと思う!
ではでは!!

● 有心論 RADWIMPS





Comment:8  Trackback:0
back-to-top