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2016-04

昭和食堂 - 2016.04.29 Fri

リアル下町ロケットを支えてきたオムライス

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前回に続き、矢口渡駅周辺にて。

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駅を降り、南側に広がる矢口の渡商店街を歩く。
なぜだかはわからないが、商店街には「矢口の渡」と、間に「の」が入る。
ローカル色豊かな昼下がりの商店街。この、のどかな雰囲気はとても好きだ。

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この日は行かなかったが、通り沿いにある中華料理店の桃園のメニューにもオムライスがある。
よし、今度また来て食べよう!

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目的地はまだまだ先にある。
矢口の渡商店街を突っ切り、更に南下し多摩川へと進む。
西友のある交差点の3つ先の交差点を左折してしばらく行くと、「宮元通り商店街」と書かれた看板が視界に入って来る。

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この商店街のはずれにあるのが、昭和食堂

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なんとも言えないこの佇まい。
名は体を表すとはまさにこのこと。昭和食堂は昭和食堂以外の何物でもない。
この店の、タバコの窓口と自販機にはさまれた異次元空間への入口のような扉を開けるには、ちょっとした勇気が必要だ。
意を決して扉を開ける。
と、まるで土間のような床と、物置替わりかと思しき雑然としたカウンターがボクを招き入れた。
「こんにちは」
静まり返った店内に向けて声を発する。

「いらっしゃいませ」
ほどなくして、奥から老人の人影が現れた。
随分とお年を召されているようだが、足取りはしっかりとされている。

「オムライスをください」
そう言いながら、ボクは、ふたつある4人掛けのテーブル席のひとつに着いた。

ボクの注文を受けると、老人は再び奥に戻りガサガサと食材を取り出し、カウンター席の向こうにある厨房に立った。
野菜を刻み、具材を炒める。
ここちよい音が古めかしい店内に木霊する。
その音に耳を傾けながら、改めて周囲を見回す。
昭和の世界。
昭和40年代、いや、30年代の景色……。
レトロ調に作った世界ではなく、リアルにレトロな世界。

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やがてオムライスが完成し、老人はボクの前にそれを置いた。

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「うわっ、美味しそう!」
美しいオムライスの容姿に、思わず声が出る。

スプーンで玉子を割る。

プチ!

あ!

音がする。
玉子をわるときに、プチっと音がする。
なんだろう、この素敵な感触。

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玉子の中からはしっかりと炒められたチキンライスが。
その隣では、マカロニサラダとかき揚がおかずとしてオムライスの脇を固める。

さっそく口にする。

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あ、おいしい。
なんだかとっても懐かしい味がする。
子供の頃、お店の料理と言えば、外食に行くというよりも出前で頼むのが多かった。
オムライスを頼んだ記憶はないけれど、なんだか出前で持ってこられた料理のような、そんな雰囲気がするオムライス。

ここは長いんですか?
そんな質問をすると、老人は明るく、いろいろなことを話てくれた。

もう60年近くやっていること。
奥沢の蕎麦屋で働き、上野のトンカツ屋に移り、そしてこの地で昭和食堂を始めたこと。
奥沢もこの近辺も麦畑が広がっていたこと。
かつてこの近辺は町工場であふれ、高度経済成長時代にはいろいろな工場から注文が来て、休む間もなく夜中まであちこち走り回って出前をしていたこと。
今は閑散としている宮元通り商店街も、かつては大勢の客で賑わっていたこと。
1970年の大阪万博のときには、近所の印刷会社が大きなポスターを刷っていたこと。
上野時代には、更生のために悪ガキを雇ってくれと配達先のなじみの警察にお願いされたこと。
そして、割の合わない仕事なので、自分の子供たちには店はつがせなかったこと……。
嬉しそうに話す老人の思い出話は、どこまでも、尽きることはない。


ひとしきり話した後、お代の500円を老人に渡す。
「しかし、どれも安いですよねえ」
そんなボクの質問に、
「壁のメニューを変えるのは面倒なので、ずっと同じ」
屈託のない笑顔が応える。
あたたかい「何か」が、ボクの体に染み渡る。

食後、散歩がてらに多摩川沿いを歩く。
途中にはこういった店もあり、昭和食堂での食事の後というのも相まって郷愁に誘われる。

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桂川精螺製作所に到着。ここは、ドラマの下町ロケットの佃製作所の本社として登場した建物だ。

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「みんなうちの料理を食べて大きくなった」
昭和食堂の店主の声がボクの脳内で再生される。
「この前、定年した方が懐かしさで食べに来てくれまして……」

1980年代には9,000を超えていた大田区の工場数は、バブル崩壊やリーマンショックを経て、今や4,000を割り込んでいる模様だ。
この界隈は、町工場が次々と閉鎖されマンションが立ち並ぶ。
日本の産業を下支えしてきた町工場の技術力、そして、そこで働く人々が明日を夢見ながら口にしてきた昭和食堂のオムライス。
いったい、どれだけの人がこのオムライスを食べてガンバってきたのだろう……。

夢と思い出。
さびれ行く商店街。
郷愁という名の思い出にあふれるこの街に、夢はあるのだろうか。

桂川精螺製作所の、真っ白い建物をじっと見つめる。

桂川精螺製作所と佃製作所が交錯する。

見える。

ボクには見える。

門から、阿部寛扮する佃航平が歩いて来る姿が。

”だがな良い歳したオッサンが夢見て何が悪い。町工場が夢見て何が悪いんだ”

そしてボクは確信する。
いつかきっと、素晴らしいロケットがこの街の大空に打ちあがることを。

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Author:Omunao
神奈川県に住むオムライス好きの男性です。
食べに行ったお店の超個人的食べレポと、その店で思い浮かんだショートストーリー(食べレポのページにくっついています)、それと気まぐれ記事を好き勝手に書き綴ります!

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