【またまた掲載】 最後の未勝利戦 ~ 僕が僕であるために - 2020.07.04 Sat
競馬は長かったG1シーズンが終わり、夏競馬へと突入。
無観客での開催はまだ続いているので、直接、競馬場に行かれないのはつらいところ。
いつになったら行かれるのか?
今のところ7月19日まで無観客とされているのだが……。
ということで、今日は、何回か掲載している「最後の未勝利戦」の再掲載。
競馬の規定が変わり、スーパー未勝利戦と言われていた生き残りをかける9月最後の未勝利戦はなくなってしまった。
なので、競走馬あ生き残りをかけるのはさらに厳しい状態に。
馬も大変だよね。
いやいや。
生き残りが厳しくなっているのは馬だけではない。
人間はいかに……。
内閣府がムーンショット計画( ← リンク )を打ち出す中、「スーパーシティー法案の可決」や「新しい生活様式の提唱」は「人と人がふれあう時代」から「人と人をひきはなす時代」への序章なのか。
AIによってコントロールされる世界。
それは幸せなのか、はたまT不幸なのか。
ひとりひとりが人生を模索し、考え、生きていくことが益々重要になるのだと思う。
間違いなく言えるのは、テレコミュニケーションや仮想現実、拡張現実の普及によって、人と人のふれあいは益々減っていくであろうということ。
ふれあい
ぬくもり
まごころ
ボクがこのブログのキーワードとしているこの言葉は、果たしてどうなっていくのだろう。
資本主義の限界。
本当に大切なものは何なのか。
思い念じただけで瞬時に自分の思うようなものを入手できたり、行ったことのない世界にバーチャル旅行できたりすることは、待ついらいらが解消されたり面倒な時間や空間の壁を越えたりできて、とても便利だとは思う。
でも、自分の足や努力で時間をかけて手に入れたり、見知らぬ世界を夢見て空想を描くこともまた素晴らしいこと。
みなさまはどうお考えだろうか……。
では、「最後の未勝利戦・を!!
---------------------------------------------------------------------------------
9月最後の土日がやってきた。
春は出会いと別れの季節。
そして、秋にも、別れが……。
毎年この時期になると、必ずやってくる別れ。
それは、競走馬たちとの別れ。
競馬では、3歳の9月末までに一度も勝てなかった馬の大半は処分されてしまう。
もう、出るレースがないのだ。
素質を見込まれ生き残って上のクラスのレースに出たり、地方競馬に移籍したり乗馬になったりする馬もいるけど、それはほんの一握り。
今週は、文字通り命を懸けた最後の一戦が行われる。
経済活動に組み込まれ、「生産と廃棄」を繰り返される馬たち。
人間もまた……。
今日は競馬場に行き、最後の「3歳未勝利戦」を戦う馬たちの姿を見てくる。
ということで、今回は主人公と馬の名前をダブらせたストーリーの再々掲載。
生きるって何だろう。
何のために。
誰のために。
そう言えば昔、「ナオキ」という馬がいた。
wikipediaで見てみよう!
"30戦13勝。1975年の宝塚記念優勝。"
おー、スゲーじゃん!
しかも、唯一の母子制覇。記録まで持っている。
で、引退後は???
"引退したナオキは、生まれ故郷の大塚牧場で種牡馬生活を開始。"
ふむふむ。
"だが、肝心の産駒の成績が思わしくなく間も無くシンジケートは解散。"
えー!!
"その後は、種付け頭数は少ないものの充実した生活を送っていたが……。"
どうしたどうした?
"1990年のこどもの日に久し振りの種付け中に心臓発作を起こし急死してしまった。"
なにーーーーーーーー!!!!!!!!!
なんてこったあ!!!!!!!
え? 「名は体を現す」って?????
どこからともなく、そんな声が聞こえてきそうだ……。
最後の未勝利戦
あー、ねみい。
徹夜明けの無精ひげと、ブルージーンズのバックポケットにねじ込んだ競馬新聞。大きな欠伸をひとつすると、無造作に分けられた髪をかき上げながら平川正夫はパドックへと急いだ。
9月最終週の日曜日。意地っ張りな夏に別れを告げる風が、中山競馬場のターフを吹き抜ける。
パドックに着くと、正夫は足を投げ出しドカッと階段席に腰をおろした。
ふー、きっついなあ。でもよかった、間に合った。
荒い呼吸に混じる安堵のため息が、天高くそびえる秋空に吸い込まれる。
第3レーススタート35分前。パドック前の柵にかけられた色とりどりの応援の垂れ幕。出走馬の姿は、まだない。
目の前の電光掲示板を見やる。オレンジの文字たちが、病院の待合室で順番を待つ患者のように、無言で礼儀正しく並んでいる。
サラ系3歳未勝利戦。16頭立て。眠気に喝を入れた目が、お目当ての馬の情報にフォーカスされる。
1枠1番 マサオガンバレ。単勝11.2倍。馬体重436キロ。
5番人気か。まあまあかな……。よかった、体重も減ってはいない。メンバー的にそんなに早いペースにはならない。なんとか逃げきれるはず。いけるよ、いける。信じてるよ、オレは……。
正夫がその馬に出会ったのは去年の夏のことだ。
何? マサオガンバレだと? ふざけた名前つけやがって……。
そう思いつつも、当然自分と同じ名前の馬は気になるもの。いつしか毎レース追いかけるようになっていた。
出走13回。1着0回。2着3回。3着4回。4着以下6回。それが、その馬のそれまでの戦績だ。
良血との評判で、勝ち上がりは時間の問題と目されていたのだが、今日まで1勝もできずにいる。初戦は単勝1.7倍の圧倒的な1番人気で3着に敗退。次戦も1番人気で2着。その後も大負けはしないものの、勝ちきれない歯がゆいレースが続いた。最後のひと踏ん張りがきかない。ゴール前の追い比べで競り負けてしまうのである。
オレは、絶対にお前とサヨナラなんてしたくないし、しないからな……。
やがてパドックの奥から、1頭また1頭と馬が姿を現した。ゼッケン1番をつけたマサオガンバレはその先頭を歩いている。
陽光に輝く金色のたてがみ。栗毛色に四白流星の、遠くからでも人目を引く美しい馬体。四白流星とは、4本の足の先がソックスをはいたように白く、顔の真ん中にもすっと白い線が入っている馬を言う。
そして、ちょっとうつむき加減に真っ直ぐ前を見つめるつぶらな瞳。決して誘導員をひっぱることも、いきり立つそぶりもみせない。
堂々とした歩きっぷり――そう言ったら聞こえがいい。
でも、実際は……。
「競走馬としてはおとなし過ぎる」
それが淡々とレースをこなすマサオガンバレに与えられたレッテルだった。
おとなし過ぎる、か……。
薄笑いを浮かべた、つい先日のあの声がよみがえる。
「だいたい君はおとなし過ぎるんだよ。男は黙って何とかの時代じゃあないし、浪花節は今時流行らない」
正夫が勤務する会社にヘッドハンティングされ、この7月から直属の上司になった部長の甲高い声。上司と言っても、年は正夫と同じだ。正夫も若くして管理職に抜擢されて課長職に就いたのだが、その上を行く存在。エリート中のエリート、と言っていいだろう。今や年功序列の世の中ではない。能力主義。新卒を育てるよりも外部の脂ぎった血を入れて活性化する。外資系の資本が入り込んだ正夫の勤務先は、その最たるものであった。
「ですが部長、私はそれがおかしいと言っているのです。確かに投資は控えるべきです。しかし、一切の投資なしにこれ以上の効率化を図るのは不可能です。人員の削減だって限界にきています。社員ひとりひとりにも生活があるんです」
「平川君、残念ながら日本はもはや市場のひとつにしかすぎんのだよ。市場の成長が考えられなければ資金は主要市場向けに使われるのは経営として当たり前だろ。何れにせよ、現行の契約社員は20%削減だ。次回の契約で全員6か月契約を3か月に変更するのは役員会で決まったこと。それをどう実現するかが管理職の役目であり、評価だ。君ができないと言うなら私にも考えはある。いいかい、世の中に君の代わりはいくらでもいるんだよ」
君の代わりはいくらでもいるんだよ。
オレの代わりはいくらでも……。
オレの代わり……。
いつからだろう、単なる応援を超えてマサオガンバレに自分の生きざまをオーバーラップさせるようになったのは。

「とまーれー」
パドックでは騎乗合図がかかる。
マサオガンバレの一挙手一投足をこの目にしっかりと焼き付けてやる。
な、マサオ、お前もオレも勝てずにいるけれど、お前はお前しかいないし、オレはオレしかいないんだよな。
騎手がマサオガンバレの背にまたがる。
同時に、正夫とマサオガンバレの目が交錯する。
瞬間、柔らかい日差しを浴びたマサオガンバレの目が、キラリと光る。
正夫、いつもいつも応援に来てくれてありがとう。
ねえ、見てて。ボク、今日は違うんだ。
わかってるんだ。今日勝てなかったらどうなるかって。
今日勝ち上がれなかったら、もう走るレースがないもんね。
ボクも正夫と別れたくないし、また応援に来てほしい。
だから、今日のボクを信じて……。
やがて周回を終えた馬たちが、パドックの奥へと消えて行った。
うん、今日はいける!
何の裏付けもないが、正夫の直感がそう叫んでいた。
なあマサオ、もしお前が勝ったら、オレも勝利を目指してもう一度自分の人生を考えてみようと思うんだ。
オレは何のために生きているんだろう。
オレは誰のために生きているんだろう。
オレの代わりは、オレの代わりは、オレしかいない。

午前11時5分。第3レース発走のファンファーレが鳴り響く。最後の未勝利戦。このレースが、これまで一度も勝てていない3歳馬のラストチャンス。ここで勝てなければ、待っているのは……。
よし、マサオ、お前の走りをしっかりと見てやるからな!
ゴール番付近で身を乗り出す正夫。
全馬ゲートに収まり、スタートが切られた。
マサオガンバレは見事なダッシュを決める。
よし!
大逃げを打つマサオガンバレ。後続との差はグングンと開いて行く。
いいぞ、いけるぞ!
マイペースで軽快にバックストレッチを走り抜ける。
3コーナー、4コーナーを回り最後の直線へと向かう。
必死の形相のマサオガンバレの手応えが次第に怪しくなる。
騎手が懸命に手綱をしごき、ムチを入れる。
が、追いついてきた後続がマサオガンバレに襲いかかる。
「行けー!マサオ! マサオ、ガンバレー!」
声の限り叫び続ける正夫。
中山の上り坂を必死に走るマサオガンバレ。
まだトップをキープしている。
「もう少しだ! お前はお前しかいないんだ! マサオー! マサオー」
苦しそうな表情のマサオガンバレが、一瞬、ゴール付近の正夫の姿を見てニコリと笑った、ように正夫には思えた。
正夫の目の前を悠然と飛ぶ赤とんぼが、澄み渡った青空に溶け込んで行く。
「マサオー!」
明日への架け橋を、今、ともに渡る正夫とマサオガンバレ。
透き通った叫びが、赤とんぼに負けないくらいに高みへと吸い込まれて行く。
マサオ、ガンバレ!
ゴールは、すぐそこだ。

● 僕が僕であるために 尾崎豊
無観客での開催はまだ続いているので、直接、競馬場に行かれないのはつらいところ。
いつになったら行かれるのか?
今のところ7月19日まで無観客とされているのだが……。
ということで、今日は、何回か掲載している「最後の未勝利戦」の再掲載。
競馬の規定が変わり、スーパー未勝利戦と言われていた生き残りをかける9月最後の未勝利戦はなくなってしまった。
なので、競走馬あ生き残りをかけるのはさらに厳しい状態に。
馬も大変だよね。
いやいや。
生き残りが厳しくなっているのは馬だけではない。
人間はいかに……。
内閣府がムーンショット計画( ← リンク )を打ち出す中、「スーパーシティー法案の可決」や「新しい生活様式の提唱」は「人と人がふれあう時代」から「人と人をひきはなす時代」への序章なのか。
AIによってコントロールされる世界。
それは幸せなのか、はたまT不幸なのか。
ひとりひとりが人生を模索し、考え、生きていくことが益々重要になるのだと思う。
間違いなく言えるのは、テレコミュニケーションや仮想現実、拡張現実の普及によって、人と人のふれあいは益々減っていくであろうということ。
ふれあい
ぬくもり
まごころ
ボクがこのブログのキーワードとしているこの言葉は、果たしてどうなっていくのだろう。
資本主義の限界。
本当に大切なものは何なのか。
思い念じただけで瞬時に自分の思うようなものを入手できたり、行ったことのない世界にバーチャル旅行できたりすることは、待ついらいらが解消されたり面倒な時間や空間の壁を越えたりできて、とても便利だとは思う。
でも、自分の足や努力で時間をかけて手に入れたり、見知らぬ世界を夢見て空想を描くこともまた素晴らしいこと。
みなさまはどうお考えだろうか……。
では、「最後の未勝利戦・を!!
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9月最後の土日がやってきた。
春は出会いと別れの季節。
そして、秋にも、別れが……。
毎年この時期になると、必ずやってくる別れ。
それは、競走馬たちとの別れ。
競馬では、3歳の9月末までに一度も勝てなかった馬の大半は処分されてしまう。
もう、出るレースがないのだ。
素質を見込まれ生き残って上のクラスのレースに出たり、地方競馬に移籍したり乗馬になったりする馬もいるけど、それはほんの一握り。
今週は、文字通り命を懸けた最後の一戦が行われる。
経済活動に組み込まれ、「生産と廃棄」を繰り返される馬たち。
人間もまた……。
今日は競馬場に行き、最後の「3歳未勝利戦」を戦う馬たちの姿を見てくる。
ということで、今回は主人公と馬の名前をダブらせたストーリーの再々掲載。
生きるって何だろう。
何のために。
誰のために。
そう言えば昔、「ナオキ」という馬がいた。
wikipediaで見てみよう!
"30戦13勝。1975年の宝塚記念優勝。"
おー、スゲーじゃん!
しかも、唯一の母子制覇。記録まで持っている。
で、引退後は???
"引退したナオキは、生まれ故郷の大塚牧場で種牡馬生活を開始。"
ふむふむ。
"だが、肝心の産駒の成績が思わしくなく間も無くシンジケートは解散。"
えー!!
"その後は、種付け頭数は少ないものの充実した生活を送っていたが……。"
どうしたどうした?
"1990年のこどもの日に久し振りの種付け中に心臓発作を起こし急死してしまった。"
なにーーーーーーーー!!!!!!!!!
なんてこったあ!!!!!!!
え? 「名は体を現す」って?????
どこからともなく、そんな声が聞こえてきそうだ……。
最後の未勝利戦
あー、ねみい。
徹夜明けの無精ひげと、ブルージーンズのバックポケットにねじ込んだ競馬新聞。大きな欠伸をひとつすると、無造作に分けられた髪をかき上げながら平川正夫はパドックへと急いだ。
9月最終週の日曜日。意地っ張りな夏に別れを告げる風が、中山競馬場のターフを吹き抜ける。
パドックに着くと、正夫は足を投げ出しドカッと階段席に腰をおろした。
ふー、きっついなあ。でもよかった、間に合った。
荒い呼吸に混じる安堵のため息が、天高くそびえる秋空に吸い込まれる。
第3レーススタート35分前。パドック前の柵にかけられた色とりどりの応援の垂れ幕。出走馬の姿は、まだない。
目の前の電光掲示板を見やる。オレンジの文字たちが、病院の待合室で順番を待つ患者のように、無言で礼儀正しく並んでいる。
サラ系3歳未勝利戦。16頭立て。眠気に喝を入れた目が、お目当ての馬の情報にフォーカスされる。
1枠1番 マサオガンバレ。単勝11.2倍。馬体重436キロ。
5番人気か。まあまあかな……。よかった、体重も減ってはいない。メンバー的にそんなに早いペースにはならない。なんとか逃げきれるはず。いけるよ、いける。信じてるよ、オレは……。
正夫がその馬に出会ったのは去年の夏のことだ。
何? マサオガンバレだと? ふざけた名前つけやがって……。
そう思いつつも、当然自分と同じ名前の馬は気になるもの。いつしか毎レース追いかけるようになっていた。
出走13回。1着0回。2着3回。3着4回。4着以下6回。それが、その馬のそれまでの戦績だ。
良血との評判で、勝ち上がりは時間の問題と目されていたのだが、今日まで1勝もできずにいる。初戦は単勝1.7倍の圧倒的な1番人気で3着に敗退。次戦も1番人気で2着。その後も大負けはしないものの、勝ちきれない歯がゆいレースが続いた。最後のひと踏ん張りがきかない。ゴール前の追い比べで競り負けてしまうのである。
オレは、絶対にお前とサヨナラなんてしたくないし、しないからな……。
やがてパドックの奥から、1頭また1頭と馬が姿を現した。ゼッケン1番をつけたマサオガンバレはその先頭を歩いている。
陽光に輝く金色のたてがみ。栗毛色に四白流星の、遠くからでも人目を引く美しい馬体。四白流星とは、4本の足の先がソックスをはいたように白く、顔の真ん中にもすっと白い線が入っている馬を言う。
そして、ちょっとうつむき加減に真っ直ぐ前を見つめるつぶらな瞳。決して誘導員をひっぱることも、いきり立つそぶりもみせない。
堂々とした歩きっぷり――そう言ったら聞こえがいい。
でも、実際は……。
「競走馬としてはおとなし過ぎる」
それが淡々とレースをこなすマサオガンバレに与えられたレッテルだった。
おとなし過ぎる、か……。
薄笑いを浮かべた、つい先日のあの声がよみがえる。
「だいたい君はおとなし過ぎるんだよ。男は黙って何とかの時代じゃあないし、浪花節は今時流行らない」
正夫が勤務する会社にヘッドハンティングされ、この7月から直属の上司になった部長の甲高い声。上司と言っても、年は正夫と同じだ。正夫も若くして管理職に抜擢されて課長職に就いたのだが、その上を行く存在。エリート中のエリート、と言っていいだろう。今や年功序列の世の中ではない。能力主義。新卒を育てるよりも外部の脂ぎった血を入れて活性化する。外資系の資本が入り込んだ正夫の勤務先は、その最たるものであった。
「ですが部長、私はそれがおかしいと言っているのです。確かに投資は控えるべきです。しかし、一切の投資なしにこれ以上の効率化を図るのは不可能です。人員の削減だって限界にきています。社員ひとりひとりにも生活があるんです」
「平川君、残念ながら日本はもはや市場のひとつにしかすぎんのだよ。市場の成長が考えられなければ資金は主要市場向けに使われるのは経営として当たり前だろ。何れにせよ、現行の契約社員は20%削減だ。次回の契約で全員6か月契約を3か月に変更するのは役員会で決まったこと。それをどう実現するかが管理職の役目であり、評価だ。君ができないと言うなら私にも考えはある。いいかい、世の中に君の代わりはいくらでもいるんだよ」
君の代わりはいくらでもいるんだよ。
オレの代わりはいくらでも……。
オレの代わり……。
いつからだろう、単なる応援を超えてマサオガンバレに自分の生きざまをオーバーラップさせるようになったのは。

「とまーれー」
パドックでは騎乗合図がかかる。
マサオガンバレの一挙手一投足をこの目にしっかりと焼き付けてやる。
な、マサオ、お前もオレも勝てずにいるけれど、お前はお前しかいないし、オレはオレしかいないんだよな。
騎手がマサオガンバレの背にまたがる。
同時に、正夫とマサオガンバレの目が交錯する。
瞬間、柔らかい日差しを浴びたマサオガンバレの目が、キラリと光る。
正夫、いつもいつも応援に来てくれてありがとう。
ねえ、見てて。ボク、今日は違うんだ。
わかってるんだ。今日勝てなかったらどうなるかって。
今日勝ち上がれなかったら、もう走るレースがないもんね。
ボクも正夫と別れたくないし、また応援に来てほしい。
だから、今日のボクを信じて……。
やがて周回を終えた馬たちが、パドックの奥へと消えて行った。
うん、今日はいける!
何の裏付けもないが、正夫の直感がそう叫んでいた。
なあマサオ、もしお前が勝ったら、オレも勝利を目指してもう一度自分の人生を考えてみようと思うんだ。
オレは何のために生きているんだろう。
オレは誰のために生きているんだろう。
オレの代わりは、オレの代わりは、オレしかいない。

午前11時5分。第3レース発走のファンファーレが鳴り響く。最後の未勝利戦。このレースが、これまで一度も勝てていない3歳馬のラストチャンス。ここで勝てなければ、待っているのは……。
よし、マサオ、お前の走りをしっかりと見てやるからな!
ゴール番付近で身を乗り出す正夫。
全馬ゲートに収まり、スタートが切られた。
マサオガンバレは見事なダッシュを決める。
よし!
大逃げを打つマサオガンバレ。後続との差はグングンと開いて行く。
いいぞ、いけるぞ!
マイペースで軽快にバックストレッチを走り抜ける。
3コーナー、4コーナーを回り最後の直線へと向かう。
必死の形相のマサオガンバレの手応えが次第に怪しくなる。
騎手が懸命に手綱をしごき、ムチを入れる。
が、追いついてきた後続がマサオガンバレに襲いかかる。
「行けー!マサオ! マサオ、ガンバレー!」
声の限り叫び続ける正夫。
中山の上り坂を必死に走るマサオガンバレ。
まだトップをキープしている。
「もう少しだ! お前はお前しかいないんだ! マサオー! マサオー」
苦しそうな表情のマサオガンバレが、一瞬、ゴール付近の正夫の姿を見てニコリと笑った、ように正夫には思えた。
正夫の目の前を悠然と飛ぶ赤とんぼが、澄み渡った青空に溶け込んで行く。
「マサオー!」
明日への架け橋を、今、ともに渡る正夫とマサオガンバレ。
透き通った叫びが、赤とんぼに負けないくらいに高みへと吸い込まれて行く。
マサオ、ガンバレ!
ゴールは、すぐそこだ。

● 僕が僕であるために 尾崎豊