2013
07.06

無償 【3】

Category: ストーリー
          5

 午前11時30分。マーケティング部とのミーティングが終了した。
 執務室に戻る廊下で、憮然とするリョウにアシカ顔をした上司が語りかける。
「君の言いたいことはよくわかる。でもね、プライベートと仕事の人間関係は違うよ。好きな人ばかりまわりに集めても仕方がない。あえて反対意見の人間も集めるんだ。マーケティング部長が気に入らなくても、今度のプロジェクトに彼は必要なんだよ。それと上司との関係については自分と合わないときにどう対応するかが重要で、彼をリーダーとしてその下で君がどう振舞えるかがポイントだ。今度、管理職も全員を並べて評価点による順位をつけようと考えている。その時のためにも今回の経験は貴重だよ。君は期待されているのだから、ガンバレ」

 利益追求。目標管理。業績評価。成果主義。…………
 幸福になるためには、すなわち不自由のない生活を送るためには、つまりお金をかせぐためには、利益追求、利益率向上、売上をあげコストを下げる。市場の限られた牌を取り合い営業スマイルで売上を伸ばす。新入社員採用や設備投資は極力せず、退職不補充さらには不要とされた従業員に笑顔で契約解除を告げて固定費を削減しコストを下げる。その活動を目標にして管理し、結果の数字で業績評価を行い、成果の報酬として賃金が決まる。
 企業活動の理屈など、小学生でもわかる簡単なものだ。残念ながら、小学校では教えてくれないが。

          6

 その後彼女は、2週間おきにリョウのもとに『おくすり』を届けにやって来た。
 リョウの『お疲れ度合い』も順調に減っている。
 そして、『お疲れ度合い』が減るのと反比例するように、リョウの中で彼女の占める割合が増えていく。

 彼女にとってボクはどういう存在なのだろう。何でボクの担当? 
 逆もまたしかり。ボクにとって、彼女はどういう存在なのだろう?。
 月並みな言い方だけど、彼女は若くてきれいで間違いなくボクの好みで、スタイルもよく聡明だ。
 ボクは彼女に好意をよせている。信頼もしている。
 だけど不思議だ。
 彼女とつきあいたいとか、彼女を抱きたいとか、そういった男と女の感情のようなものは一切わいてこない。ボクの『お疲れ度合い』が問題なくなり『おくすり』のお届けが終わったら彼女と会うこともなくなる。でもそれでいいと思っている自分がいる……。

 そんな自問自答をするリョウを異変が襲ったのは、夏の真っ白なTシャツの香りが街をつつみはじめたころだった。

 それは奇妙な夢から始まった。
 闇夜を走るリョウ。何者かに追いかけられている。必死に走ろうとするが、足がなかなか前に進まない。背後に何者かが迫る。そしてそいつは背後からリョウをつかまえると、「このネックレスがお前の命とりさ」そう言いながらリョウが首に巻いているネックレスで首をしめる。苦しい。息ができない。……。
 あぶら汗にまみれ、そこで目がさめた。心臓の早い鼓動が体をかけめぐる。
 リョウは上体を起こし、首に手をやった。氷のように冷たいネックレスの感触が手に伝わる。
 それからときどき、奇妙な息苦しさがリョウを襲うようになった。

 そして、その日が訪れた。

 いつものように、2週間おきの笑顔が届いた。
「髪、切ったんだ」
 これまたいつものように紅茶とチーズケーキを用意しながら、リョウが言う。
「そうなんですよ。暑いですし、面倒で。変、ですか?」
 彼女は、上目遣いにショートボブの髪に手をやった。
「いや、よく似合うよ」
 彼女は肩をすぼめ、嬉しそうに微笑んだ。
「すごくよくなっていますよ。『お疲れ度合い』の数値も、ほとんど1に近い感じです」
 分析結果を印刷した紙を取り出しながら彼女が言う。
「はい、見てください」
 リョウは、彼女から紙を受け取った。

 微笑む彼女。
 微笑む、彼女。
 ホホエム、カノジョ……。

 なんとなく、いつもと違う。
 リョウは、彼女の笑顔に、どことなくいつもと違うぎこちなさを感じた。
 「どこが」と言われるとわからない。あくまでも直感的に、そう感じた。

「ありがとう、きみが届けてくれる『おくすり』はホント効くよね!」
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです……」
「もうそろそろ、『おくすり』もおわりかな?」リョウは、何気なく言った。

 微笑む彼女。
 微笑む、彼女。
 ホホエム、カノジョ……。

 と、そのとき、

 彼女は急に顔を歪め、その場に座り込んだ。
「……息が……」
 突然、過呼吸症候群のような症状が彼女を襲った。息が吸えない様子で、両方の手足が微かに痙攣している。
「どうした。大丈夫?」
 動転したリョウは、わけもわからずとにかく彼女の背中をさすった。
「大丈夫です……すぐ……治るので……」

 それからしばらくして、言葉通りに、彼女は平静にもどった。
「最近、たまにあるんです」
 首をなでながら彼女が言った。
 今まで気がつかなかったが、そこには、リョウと同じ銀色のネックレスが光っている。
「あれ、君も同じネックレスをしていたんだ」
「はい、あ、そうですよね。襟付きの服ばかり着てきていたのでわかりませんでしたよね」
 そう言いながら、彼女は首元のネックレスを握りしめた。
「ちょっと横になって休みなよ」
「あ、ホントにもう大丈夫です。どうぞお気づかいなく」
 ぎこちない笑顔が、何かに操られた人形のような仕草で手を振る。
「いいよ遠慮しなくて。ボクも君に助けてもらっているんだし……」
「ありがとうございます……」
 消え入りそうな声が、目の前のテーブルに吸い込まれる。

「ところで、実はボクもさっきの君と同じように息苦しくなることがあるんだ。最近の熱帯雨林気候みたいな猛暑のせいじゃないかな。こう暑いとネックレスも外したくなっちゃったりして。あ、でも外さないよ。おかげさまで『おくすり』効果があるわけだから。ね! ありがとう!」
 その場を和まそうと、茶化すように冗談ぽくリョウは笑う、

 と、一瞬で、時間が凍りついた――。

 リョウを見つめたまま、じっと真剣なまなざしの彼女。
「本当、……ですか?」
「え?」
「私みたいなことがあるって、本当ですか?」
「う、うん」リョウはうなずく。

 彼女の大きな目が見る見る潤み、一筋の涙が白い頬を伝う。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
 彼女は泣き崩れた。
「私が未熟なばっかりに、……ご迷惑を……ごめんなさい……」

 突然どうしたの? 
 取りつく島がないリョウは、何も言えずに、ただただ時の流れに身をゆだねる。

 やがて、ひとしきり泣くと、
「……お話し、しますね……びっくりすると思いますが……」
 彼女は重い口を開いた。

「これ以上あなたにご迷惑をかけることはできません……・」
 彼女は姿勢を正すと、決意の目で言った。

「私、生まれ変わりなんです。」

 リビングの壁が世界中の音を吸収してしまったような、そんな静寂が辺りを包む。

 不思議と、リョウに驚きはなかった。
 そう言う彼女の言葉は、すーっとリョウの中に溶け込んだ。
 いや、むしろ、始めからその言葉が出るのがわかっていて、それを聞くことでより一層落ち着いて彼女の話を聞ける、そんな気がした。

「私はかつて、命を落としました。それから長い間、私の魂は銀河系をさまよい続けたんですが、さまよっている間にいろいろな星でいろいろな人に出会いました。そんな私がたどりついたのが『無償の星』です」
「無償の星?」
「はい。その星にあるのは『与えること』だけで、『見返り』や『対価』といったものが一切ありません。なので、お金も、もっと言うと経済活動もありません。人々の心の中にも『人からこうされたい』といった気持ちは何もないんです。何て言うんでしょう、自分や他人といった概念がないんです。みんな気持ちが通じあっていて、争いとかも起きません。第一、『言葉』がありません。『言葉』って、何のためにあると思いますか?」
「そりゃあ、意思疎通のために必要だよね。『言葉』がなければ何もできない。人間が高度なコミュニケーションをとるために作り上げたものなんじゃないの」
「それはですね……」
 話を整理するように、彼女は天井を見上げた。
「その昔、人間には『言葉』なんてありませんでした。気持ちが通じ合っていれば、お互いの心が読めれば『言葉』はいりません。でも、人間が文明を手に入れるとともに争いごとも生じるようになり、いつしか人間は、自分の心を読まれることを避けるようになりました。自分を守るためには、人に勝つためには、人に自分の気持ちや行動を知られたくないって。そうやって人間は心を閉ざし、代わりに『言葉』で接するようになったんです。『言葉』だったら気持ちを隠して、心と裏腹のことでも言えますよね。だから、うそをつかれてもわからなかったりします。これは私が銀河系をさまよっていたときに学んだことです」
「『言葉』に頼っていないから、だから君はボクの言いたいこととかがわかる、ってこと」
「はい、『無償の星』での生活で学んでいます。なかなか元からの住人のようにはできないんですけどね。気持ちが通じ合えるので、『言葉』もなく、だから本当は『おくすり』も『お疲れ度合い測定』も『お疲れモード分析』もないんです……」
 恥ずかしそうに、ちょっとうつむき、彼女は続ける。
「それで、ネックレスですけど……。実はこれは、『求めること』を防止する装置なんです。私は『無償の星』で今の体をもらって生まれ変わりました。でも体をもらうときに約束をしたんです。それは、決して見返りを求めないこと。もし私が打算的に何かを求めたら、そのときはまた命を失うと。あなたのお役に立つことだけを気持ちに込めるのが私の役目です。役目というか、私の生きる証です。でも、まだまだ未熟な私にはどうしても求める気持ちが顔をのぞかせることがあります。このネックレスは、そういった気持ちをおこさせないための制御装置なんです。無償の星を出発して大切に思っている人のところに行くときには、まだあなたにはこれが必要だと。あなたが接する相手にもつけてもらわないといけないと言われて。……でも、……」

 また、彼女の目が潤みはじめた

「息苦しい症状は、求める気持ちが強くなってきて、ネックレスの力とぶつかりあっているときに起きるんです。だから、……私が未熟だから……あなたにまでも……でも、ホントにお礼が言いたくて……、ありがとうって言いたくて、お返しがしたくて……、ごめんなさい……私、何を言っているのか……あの優しい腕のぬくもりに……、タイガースの帽子をかぶせてくれた、あの優しい腕のぬくもりに……、もう一度会いたくて……」

「えっ……」
 リョウの中で、思い出が、走馬灯のように駆け巡る。
「きみ……」

 泣きじゃくる彼女は、黙って下を向いている。

 学校から帰るリョウを待ち構えるように、毎日、そのノラネコはどこからともなくやってきて、リョウにすりよった。チャトラの体にグリーンがかった人なつこそうな目。カギっ子でひとりっ子のリョウにとって、寂しさを吹き飛ばしてくれる格好の遊び相手だった。
 リョウはそのネコを「琥珀」と名付けた。
 むさぼるようにご飯にありつく琥珀。
 リョウの膝の上で一緒にテレビを見る琥珀。
 のどをなでると、目を閉じ、ゴロゴロとのどを鳴らす琥珀。
 野球帽でじゃらすと、獲物をとる目でネコパンチを喰らわす琥珀。
 そして、リョウの腕の中で、気持ち良さそうに眠る琥珀。
 
 だが、別れは突然やって来る。
 
 とある日曜日。
「さっき琥珀が来たわよ。すごい勢いで網戸にのぼってニャーニャー言ってたけど、そのうちいなくなっちゃった」
 遊びから帰ったリョウに母親が言う。
 以来、琥珀は来なくなった。
 そして、裏山でじっと目をつぶり横たわる琥珀をリョウが見つけたのは、3日後のことだった。
 気が動転し、何が何だか全く理解できなかった。
 リョウは、冷たくなった琥珀を抱きしめ、夜通し海を眺めた。
 いつまでも涙がとまらなかった。
 翌日、琥珀をじゃらしていた阪神タイガースの帽子を添えて、リョウは琥珀に別れを告げた。

「私、本当にうれしかったんです……こんな私に優しくしてくれて。純真な愛情を私にくれて……でも……、でも、もう終わりです……」
 そう言うと、彼女は両手で顔を覆った。
 何言っているんだ。お礼を言いたいのはこっちだよ。
 彼女の肩に手をかけようとするリョウ。
「あ、ダメです」
 そう叫ぶ彼女の体は、おびえた小ネコのように、小刻みに震えている。

 それからはしばらく無言の時間が続き、結局その日はろくな会話もしないままリョウは彼女と別れた。
 それから今日まで、彼女とは、一度も会っていない。

  < つづく >

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◆ 今日のオムライス

今朝、たきやん。さんからメッセージをいただいた。
日経新聞の中刷りの「NIKKEIプラス1」にオムライスの記事がでていると。。

たくやん。さん、毎々ご協力して頂いた上に盛り上げて頂き、ホントありがとうございます!!
早速買いました。内容はまた後日紹介させていただきます!

さて、今日はこれです。
和風もあるならこれもあるだろうと検索しました。

中華風オムライス。

そうしたら、たーーーーーーーーーーーーーーーくさん、あるんですね!!

そんな中で、パッと見がとても中華っぽかったこちらを紹介します。
青森にある広苑

以下の食べログ情報がここのオムライスのすべてを物語っています。

それは、中華風オムライス!

白いごはんを覆い隠すように、とろとろつやつや半熟卵がのってます。
具は、海老、タケノコ、水菜。上品なビジュアルです。
卵は、高級赤卵のほんたまごを3個も使ってるとのこと。
レンゲですくうと、もうとまりません。
海老(6個ほど)はプリプリ、卵はとろりん。タケノコと水菜のシャキシャキ感がアクセント。
おいしい〜。幸せ〜。
味は塩味で、見た目あっさりかなと思いますが、中華らしく、けっこうしっかりした味。
白飯にぴったりの味です。
お値段、750円。スープにおしんこ付きです。


こちらが画像です。
残念ながらオムライス全体を映した公認画像はないのですが……。

外観を2枚ほど。

kouen gaikan2

kouen gaikan1


こちらが中華風オムライスの海老です。

kouen omurice


どんな味なんでしょうね???
青森かあ……
行きたいけど、遠いなあ。。。

広苑 食べログ情報

広苑中華料理 / 青森駅

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コメント
ネコちゃんの生まれ変わりだったんですか…!
その発想は全くありませんでした。
驚きました。

なんか、いろいろなことを考えさせられるお話ですね。
与えること、求めないこと、言葉の意味…

大きな大きな愛というものを感じます。

続きも楽しみにしています♪
yukadot 2013.07.07 01:35 | 編集
yukaさん、ありがとうございます!!
> ネコちゃんの生まれ変わりだったんですか…!
> その発想は全くありませんでした。
> 驚きました。
えー!って言うのもあるかと思いますが、「大切・愛おしい・無邪気」みたいなのをイメージしていたらネコになってしまいました。。。

> なんか、いろいろなことを考えさせられるお話ですね。
> 与えること、求めないこと、言葉の意味…
> 大きな大きな愛というものを感じます。

この話はオムライスに関係ないですが、「オムライスのある風景」っていうタイトルにしたのは、オムライスをぬくもりの象徴にして、「大きな愛でつつみこまれる世界」、「その世界の風景をぼーっと眺めていたい」といった思いを込めています……

ちゃんと伝えられたらいいなあって思います。。。
Omunaodot 2013.07.07 05:15 | 編集
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