2013
02.19

くげぬまや

ホッとする時間が、ゆっくりと過ぎていく


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先ずは、やはり地元、藤沢からスタートしよう!
ということで、藤沢駅南口近辺でオムライスが評判の「SHIRO」に行くと、「本日貸切。またのご来店をお待ちしております」の文字……。

なにー!
仕方がないので、北口にある洋食屋さん「グーテ」を目指す。

と、「あれ?」

あるはずの場所にグーテがない。
えーー! 潰れちゃったのおおお!
こりゃ前途多難だ……どうしよう。
このまま帰るのもむなしいし。

しばし呆然としつつも、転んでもタダで起きたくない性格が頭の検索エンジンをフル回転させる。
「確か本鵠沼に洋食屋さんがあったよなあ……」
そんな頼りない記憶を頼りに、小田急線で本鵠沼に向かった。

「くげぬまや」は小田急線本鵠沼駅の改札を出て30秒程度のところにある。
4人がけのテーブルが5つ程度のお店。
白と茶を基調とした店内は、シンプルだが落ち着いた雰囲気。
寒い夜に訪れたせいか、適度な大きさと店に漂う空気が冷え切った体を暖かく包み込んでくれるようだ。

だけど、店員がいない。

しばらくして、厨房からご主人登場。

「いらっしゃいませ」
白髪交じりに眼鏡の優しそうなご主人。メニューをおいて去っていく。
今日の目的はオムライスなので、数あるメニューから「オムライスA」を選択。
オムライスAは500円。サラダ付きのBは650円。大盛りは+150円。
ついでなので、これまた好物のナポリタンも注文。ナポリタンはサイズを選べる。

「オムライスのAとナポリタン小盛、それとウーロン茶をください」
ボクの注文に怪訝そううなご主人、メニューを持って去って行く。
頭の中で「なぜ」の後に?が5つ並ぶ……。

メニューは壁にも貼られていて、それを撮影していると、再びご主人が登場。
「撮るならこっちの方がいいよ」
持ち帰ったメニューをまた持ってきてくれた。
「ありがとうございます!」
「宣伝しておいてよ」眼鏡の奥で柔和な眼が微笑んでいる。
「よかったら、今度はハンバーグを食べてみてくださいよ。30年もやってるから美味しいですよ」
柔和な眼の向こうは、優しさだけでなく、自信にも満ち溢れている。
そうかあ、売りはハンバーグなんだなあ……。

しばらくしてオムライスとナポリタンがテーブルに運ばれてきた。

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オムライスは見た目も味もオーソドックスの一言。
ふわとろでもなく、昔ながらの「安心して食べられる」味。
手作り感まんてん。ちょっとご飯が柔らかめだけど、それはそれで愛情たっぷりで、好みの問題。
最初、素朴な味にちょっとした物足りなさを感じたのだが、それは自分の舌が化学調味料に毒されているせいだ。
添加物で作られた味は途中で飽きるが、自然の味は飽きがこない。
(中の写真も撮っておけばよかった……)

ご主人が鵠沼に店を構えたのは13年前のこと。
洋食屋で修行し、自分の店を持ってからは、ひとりで店をきりもりしている。
(どうやら、最初は別の場所で店を開いていたらしい)
最近、洋食屋がどんどん閉店して行く。
「ホテルのレストランとも違うし、修行する洋食屋がないから人も育たないですねえ。開店資金もものすごくかかりますし、難しいですよ」と語るご主人。
「今度はハンバーグを楽しみにしてますね」
「後継もいないし、私ができなくなったらこの店も終わりですけど、あと10年はガンバりますよ!」
眼鏡の奥で、優しい眼がキラメいている。

店を出たときは、すっかり夜も更け寒風が身にしみる。
でも心の中では、ホッとする暖かい時間が、ゆっくりと過ぎていく……。
人生の中で、とても大切な時間だ。

2012年12月15日

■ 店舗情報 ■
住所:神奈川県藤沢市本鵠沼2-13-16
電話:0466-27-9696
営業時間:11:30~14:30 17:00~22:00
定休日:火曜日

くげぬまや 食べログ情報 

くげぬまや定食・食堂 / 本鵠沼駅石上駅柳小路駅




おかえり


「次は本鵠沼です」小田急線の社内に、車掌の軽快なアナウンスが流れる。
 次だあ……懐かしいなあ……早くつかないかなあ……。
 片瀬江ノ島行きの電車の窓から、流れる夜景にぼんやりと目をやりながら、紗智子は3年前に初めて雅人と食事に来た日のことを思い返していた。

「くげぬまや」と入口の上に大きく書かれたその洋食屋の中には、4人がけのテーブルが所狭しと5つほど並べられている。白と茶を基調とした壁にはメニューが貼られ、入口の側でがなり立てるテレビが「庶民の店」を主張しているようだ。
「へえ、鎌倉のボンボンサーファーが最初に連れてきてくれる店がこういう店とはね」
 水の入ったコップを手にとり、店内を眺めまわしながら紗智子が言う。
「それはいい意味で?」笑顔の雅人が問いかける。
「うーん……。意外って言うか」
「また勝手な思い込み? だいたい、ボクはサーファーではないし」
「しょうがないじゃない、見た目がサーファーっぽいんだし、海の側で生まれ育ったって言ったらサーファーしか頭に浮かんでこないんだから」
 紗智子は、頬をぷーっとふくらませた。
 きっとこのじゃじゃ馬は、自分が同級生だったら相手できなかったんだろうなあ。4歳差くらいがちょうどいいのかな……そんなことを思いつつも、雅人が紗智子を愛おしく感じる瞬間でもあった。
「ところで、ここはハンバーグがおすすめなんだ」
"当店自慢のハンバーグステーキ"と書かれたメニューを指差しながら雅人は
「よかったら、最初はそれにしてみない?」そう言いながら紗智子の目を覗き込んだ。
「嫌といってもあなたは聞かないんでしょ。まあ、そこがあなたの魅力だけどね」
紗智子が雅人の目を見つめ返した。
「OK。じゃあ、ボクはチーズ焼きにする。君は?」
「そうね、ベーコン焼きにしようかな……それと、オムライス!」
「お、食べるねえ!」
「だって昔からオムライス好きなんだもん」
「いいよいいよ、どんどん食べよう! 食べる前にビールで乾杯しよっか?」
「いいわよ」
 それから二人は心のこもった手作り料理に舌鼓を打ち、たわいもない話に花を咲かせた。

 やがて食事を終え店を出たときには、冬の星座が鵠沼の空に明るく輝いていた。
「すごくおいしかったわ。ねえ、でも何でこの店を選んだの?」酔いも手伝い、ちょっぴり大胆になった紗智子は雅人の腕に手を絡ませ、甘えるような声でたずねた。
「初めてのデートには全く似合わない店、そう思うよね」雅人が優しい声で応える。
「この店はさあ、時間が止まっているというか、ずーっと変わらないんだよ。時代が変わっても、この店は変わらない。流行りに迎合しようとか、受け狙いで行こうとか、そんなのが全くない。若い頃から洋食一筋で、ひとりで店を切り盛りしているご主人の思いが店を包み込んでいるような気がして、ほっとできて大好きなんだ。いつまでも変わらずにほっとできる場所ってすごく大切だし、そういった宝物が見つかったら自分の中で大事にしたいって思う」
「ふーん」
「だから……」
「だから?」
「うん、だから……」
「……?」
 ひとつ咳払いをすると、足を止め、雅人は紗智子の肩を抱き寄せた。
「だから、好きな人とはずっと変わらずにいつまでもいつまでも一緒にいたいって気持ちを伝えるのはこの店に来て、って決めていたんだ」
 一陣の木枯らしが吹く中、踏切の警報器が静寂を突き破る。紗智子は雅人をギュッと抱きしめ、広い胸にそっと顔をうずめた。

 その1年後、雅人は海外へ転勤になった。
 期間は2年間。そして、今日、任務を終えて日本に帰ってくる。
 そんな雅人が紗智子との再会の場所に指定したのが「くげぬまや」だった。もちろん紗智子も、雅人との再会の場所はこの店以外にありえない、そう思っていた。

 ひと気のない閑散とした本鵠沼駅の改札を抜けると、3年前と同じように、真冬の夜の北風が紗智子の頬につきささった。
 コートのえりに首をすくめ、紗智子は足早に店がある路地へと向かう。
 もう来てるかな? 最初はなんて言おうかな、やっぱり「おかえりなさい」かな……。

 角を曲がり裏の路地に入ると、店からにじみ出る灯りが目に飛び込んできた。

 暖かい……。
 
 できたてのオムライスのふわふわのタマゴのような灯りが、優しく紗智子を包み込む。それはまるで、紗智子が雅人に言うよりも先に、紗智子に向かって「おかえりなさい」と言っているように、紗智子には思えた。

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