2013
03.31

ショートストーリー 幸福行の列車

Category: ストーリー
 モノトーンで覆われた2月の海は、水平線の彼方で空と溶け合い、うねる波だけが自己主張を繰り返している。遠くには、白くかすみながら必死に飛沫を受け止める灯台が見える。

 季節外れの海辺のリゾート。人影はない。岬に向かって海沿いを走る通りも、クルマ数はまばらだ。

 北の海を引き連れた寒風がボクの体に突き刺さり、これでもかと、寄せては返す波の轟音が耳をつんざく。
 普段であれば、できればお目にかかりたくない辛辣な奴らだ。
 だけど今のボクには違う。大歓迎だ。

 なぜならば……。

 これから来るであろう幸せな時間を、とてもとても暖かいであろう時間を、より一層引き立ててくれる役者たちだから。

 Caffe POPPOⅡ

 白い平屋建ての店の壁に深緑でそう書かれた看板の前に、ボクは立った。

 あれから6年――。

「あれ、君、もしかしてポッポで働いてない? 喫茶店の」
「あ、はい。あー、いつも来ていただいてますよねえ!何かびっくりです!」

 彼女のことは良く知っていた。
 いや、正確に言うと、彼女の働く姿は良く知っていた、と言うべきだろう。

 その当時、地元の小さな出版社に勤務していたボクは、何軒かのお気に入りの喫茶店を作って、そこで企画を練ったり原稿の校正をしたりする日々を送っていた。
 ポッポはお気に入りのひとつであり、彼女はそこでウエイトレスをやっていた。その彼女に、出版関係の勉強会という全く意外な場所で会ったものだから、こちらも驚きだった。

「私、料理とデザインが好きで、料理関係の本とかのデザイナーになれたらいいなあって思うんです。なので、今、出版関係の勉強をしていて、今日は知り合いの人に誘ってもらったんですよぉ」
 ポッポでコーヒーを運んでくれるのとまったく変わらない、屈託のない目が笑う。

 休憩の合間のほんの10分程度の時間であったが、そのときボクたちは、ポッポのアイスコーヒーと小倉ホットケーキは秀逸であること、ポッポは彼女の自宅でお父さんが店主であること、ポッポという名前は汽車ポッポから来ていて、この列車(みせ)でお客さんに安らぎの時間を過ごしてもらいたいとの思いでつけた名前であることなどを話した。

 とてもきれいな目だった。
 今でもはっきりと覚えている。
 希望に満ちあふれた、とてもきれいな目だった。

 何気ない会話の中で、そんな彼女に惹かれていく。

 ポッポが牽引する列車に乗ったボク。
 その列車が、ゆっくりと、動き始めた。

 それからボクは、今までと同じように、週に2~3回ポッポに足を運んだ。
 ただひとつ違うのは、彼女の姿を見つけようとしていたこと。まだ学生で学業の合間に店の手伝いをしていた彼女は、いつも店にいるわけではなかった。それだけに彼女の姿があると、胸躍らせ、挨拶に加えて注文のたびに会話をつなごうとする自分がいた。

「もうすぐ夏休みだね。計画はバッチリ?」
「今、いろいろと考えてるんですよ。私、こういうときが一番好きなんです。もうすぐ何とかってときが。実際に始まっちゃうと、それはそれで楽しいんですけど、始まる前ってわくわくするじゃないですか!夢があるっていうか。そう思いませんか……?」

 純真。真摯。
 彼女も、少なからずボクに好意を持っていてくれていたと思う。飾ることなく、はぐらかすことなく、楽しげに、ボクと話をしてくれた。後に彼女が話してくれてわかったことだが、幼いころに母親と別れた彼女は、父娘ふたりで暮らしてきたという。そんな境遇が彼女を、母親のようにしっかりとしていて、人の気持ちがわかる優しい女性(ひと)に育てあげたのかもしれない。

「いつも出版の話を教えてくれてありがとうございます。活きた話っていうか、現実がよくわかって、すごく勉強になります!」
 会話をつなぐための作為でもあったのだが、出版関係の話はいろいろと彼女に聞かせてあげていた。
「私、本のデザインができるようになったら、その先に夢があるんです……」
「夢?」
「はい、夢です」
 両手で抱えたトレイを胸に、真っ直ぐにボクの目を見つめる透き通った瞳と、ちょっとハスキーがかった声が躍る。
「どんな夢? よかったら聞かせてくれる?」
「いつかこの店を継いだときに、メニューを本にしたいんです。店内も改装して、四季折々の店の風景写真も載せて、料理や飲み物ひとつひとつに自分で名前をつけて、ちょっとしたお話も書いちゃったりして……。お店全部を物語にしたいんです。お店にあるものすべてに感謝です。だって、私はそれで食べているんだし、それに、みんな可愛い私の仲間です。コーヒーだって、サンドイッチだって、一本のフォークだって……。と言っても、まだ、料理もデザインも、どっちも何にもできないんですけどね」

 大いなる彼女の夢は、ボクの心も和ませてくれた。
 今でもポッポという空間は充分に心を癒してくれる。それに加えてその夢が実現したら、客としてもどんなに素敵なことだろう。
 彼女の柔かい笑顔の向こうにある装い新たな店内を想像するだけでも、自然と顔がほころんだ。

 しかし……。

 喜びと悲しみ。そして、後悔。

 自分の人生での、唯一最大の後悔。
 それは、突然やってきた。

 売り物件。

 そう書かれたポッポの前で、ボクは茫然自失としていた。
 血の気が引くのを実感した。

 4か月ほど、ボクは取材のため南の方で缶詰になっていた。
 久しぶりに訪れたポッポ。
 自宅兼店舗の栗毛色の建物は静まり返り、剥がされた表札の跡だけが、転んで膝を擦りむいた子供のようにしくしくと泣いていた。

 どういうこと?
 彼女はどこに?

 連絡先は? 
 わからない。
 というよりも、名前すら聞いていない。
 
 頭から、すーっと寒いものが下に降りて行く。
 お土産を持った手と腰に、力が入らない……。

「ひとつ、お願いがあるんです」
 最後にポッポを訪れた日のことだ。
「今、料理の勉強をしているんですけど、父には内緒で実験してるんです。で、バターライスのオムライスを作ってるんですけど、味見してもらえませんか?」
「バターライスのオムライス?」
「はい。あ、知らないんですか?」
「う、うん。オムライスって言えば、中はケチャップのチキンライス……だよね……」
「あー、私の勝ちですね! オムライスにもいろいろとあるんですよ。バターライスも、カレー風味のも、十穀米のやつとかも」
「へえー、そうなんだ。いいよ、作ってみてよ。楽しみだなあ……」
「そんなあ!期待されちゃうと……」
「大丈夫、大丈夫。自信を持って。夢の実現には必要でしょ」

 しばらくして、彼女の両手に大事そうに抱えられた、ふわふわのタマゴとデミグラスソースに包まれたオムライスが運ばれてきた。
 目の前でホカホカの湯気が立ちのぼり、バターのほんわかとした香りが辺りに漂う。
 それはまるで、幸せの国からやってきた食べ物のようだった。

「どう、ですか? ホワイトソースの方がいいですかねえ? それ以前に、そもそもダメですか?」
不安が彼女を饒舌にさせる。

 しかしその不安は、30秒後に、とびぬけた笑顔に変わった。
 本当の笑顔は、周りの人をも幸せにしてくれる。学校でも、家庭でも、職場でもなく、彼女がボクに教えてくれたことだ--。

 海風は先ほどよりも強さを増している。
 空では、その強風にも負けずに、カモメが悠然と飛んでいる。
 POPPOⅡの文字の横に貼られた看板に、ボクは目をやった。

“いらっしゃいませ! バターライスのオムライスはいかがですか!名付けて……”

 運命の神様は、ときに残酷であり、ときに感動的なほど優しい。

 何でボクがこの地を訪れ、偶然にもこの店を見つけたのか?
 自分でもわからない。
 偶然?
 いや、もしかして……。

「いやあ、すごく美味しかった。このバターライスのオムライス、看板メニューで行ける!今度、感想を書いて持って来るよ」
「えー、本当ですか?楽しみです!あ、わがまま言っていいですか?」
「いいよ」
「本当ですか?いいんですか、そんな安請け合いして」
「いいよ。男に二言はないから」
「じゃあ、メニューに載せるバターライスのオムライスの物語も書いてください!」
「……」
「男に二言はないんですよね!」
「う、うん……。よし、わかった。約束する。素敵な物語を書くぞー!」

 あのときの宿題、まだ渡してなかったもんね……。
 随分と遅くなっちゃったけど、今日、持ってきたよ。

「私、ポッポのトレードマークは、ずっと大切に守っていきたいんです」
 何時ぞやの彼女の声が、頭の中を駆け巡る。

 四つ葉のクローバーと、愛国から幸福行きの切符を模した看板。
 ピカピカに磨かれたポッポのトレードマークは、バターライスのオムライスの看板の横に、しっかりと貼られている。

 さあ、ボクも新しいポッポに乗せておくれ。
 ポッポがPOPPOⅡになり、今、新しい旅が始まろうとしている。

 改札(ドア)を抜けたら、はじめに何て言おうかな……。

 上空のカモメが、笑っている――。


poppo.jpg

伝書鳩&四葉のクローバー

スポンサーサイト

トラックバックURL
http://omunao1224.blog.fc2.com/tb.php/25-de009ee3
トラックバック
コメント
小説カテゴリーだからあると思いました
モノトーンを意図的に強調させてるのか人名がでてませんね
RYUdot 2013.04.26 08:51 | 編集
そうですね。逆に「食べレポ」につけているショートストーリーは場所も実在するので名前を大事にしています。この場合は場所も人もあいまいな心象スケッチのようなものを書きたくて「ボク」と「彼女」にしました。
Omunaodot 2013.04.26 09:11 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top