2014
02.10

Strawberry Moon (全編)

Category: ストーリー
   <1>

どこまでも続く湖面を、どことなく春めいた冬の風が渡る。
やがて風は湖畔に到達し、ふんわりと並木の横を通り過ぎて行く。

心地よさそうに揺れる木々。
やさしき葉擦れの音色に、ボクは目を閉じ、そっと耳を傾ける。

あの日と同じ音色。

滋賀県大津市への日帰り出張の帰り、岐路につくまでのわずかな時間を利用して訪れた膳所の地。パステル調の思い出が瞼の裏によみがえる。

「やっぱり50センチアップを釣るなら琵琶湖だよね!」

当時ボクは、仲間たちと流行のブラックバス釣りに興じていた。
そんな仲間内の誰からともなく出た言葉。

賛成6名。反対ゼロ。
必然的に、ボク達は夏休みを利用した琵琶湖突撃計画を打ち立てた。

「先ずは膳所城址公園を目指そう!」

深夜、ワンボックスカーで都内を出発。ボクの運転で、一路、琵琶湖を目指す。

「じゃあ、シンが寝ないように私が助手席で相手してあげる!」

ピンク色のタンクトップ姿で助手席に乗り込むユキ。
無防備な胸元が運転手にはまぶしすぎる。

3ヶ月ぶりに会うという「距離」の照れくささで、ちょっとぎこちない仕草のボク。
そんな距離を、彼女が光の速さで縮めてくれたのは、東名高速に乗る10分ほど前のことだった。

「タバコ、吸う?」
マールボロの箱に手をやり彼女が言った。

どうしようかな。そうだなあ、高速に乗ったら窓開けられないしなあ……。

「ありがとう。じゃあ、ちょうだい」
3秒遅れの返事をしながら、ボクは彼女に向かって左手を差し出した。
「うん。あ、ちょっと待って」
彼女はマールボロを自分の口にくわえて火をつけると、それをボクの口に運んだ。

え?

フィルターのちょっと湿った感覚に、唇がドキドキする。

これってどういうこと?

ボクは、深呼吸をするように煙を大きく一息吸い込み、ゆっくりとそれをはいた。

「シン、オムライス好きでしょ?」
「うん」
「それと、いちごも」
「うん、好き」
「なんか親近感わいちゃってさあ」

唇に感じたドキドキが体中に入り込む。
そして同時に、ドキドキはボクの胸に甘く切ない思いを届けてくれた。

本当は暗くてはっきりとは見えないのだけど、助手席の窓の先をぼんやりと見る彼女の目が、とてもキラキラしているように思える。

「大福も好きだよ」
「あー、私も好き! なんかババくさいって言われるけど和菓子って大好きなんだあ!」
嬉しそうな笑顔がボクの顔をのぞき込む。

ほのかに香るつややかな髪の香りが、やわらかいぬくもりを運んでくれる。

彼女が大福も好きなのことを、ボクは知っていた。

過ぎ去る街灯に映し出される彼女の穏やかな表情(かお)がとても愛おしい。

瞬間、時間がとまった。

こころが、通じている。

「シン、どんなルアー持ってきた?」
マサキの一言で、ほんのわずかなふたりの時間は終了を告げた。
それでもボクのこころは笑顔にあふれていた。

窓の向こうの月も、ニッコリと笑っている。

140128zeze1.png


   <2>

はじめて彼女に会ったのはライトグリーンの風の中だった。

その年の5月。

「バイト友達に釣りをやりたいって子がいるんだけど」
そう言って、マサキの彼女のアカネが芦ノ湖へのバス釣りにユキを連れてきた。

「はじめまして、シノハラユキです!」

キラキラと光り輝く金色のピアス。
ソバージュがかった長い茶髪。
ハイビスカスをあしらったピンクのシャツにデニムのパンツ。
端正に整った目鼻立ちが、にっこりとほほ笑んでいる。

うわ、派手! どこのお店の子? こういう子、苦手なんだよなあ……。
それが彼女に対するボクの第一印象だった。

どうしよう、話が続くかなあ……。

4人で出かけたバス釣り。
2人ひと組でボートに乗って釣りをするのだけど、マサキとアカネがペア。
4-2=2。残りの組み合わせは小学生でもわかる。

「シンくん、じゃあユキをよろしくね!」
先にボートに乗り込んだアカネが叫ぶ。
「ガンバれよ!」
間髪を入れずに、アカネの対面に座ったマサキが親指を立てる。

一体何をガンバるのだか。

「は-い!ガンバる~!」
ボクの横で、くったくのない笑顔が、目いっぱい伸ばした手を大きく振っている。
その手の先にあるのは、どこまでも広がる青空と晩春のやさしい陽光にきらめく湖水。
そのときボクは、なぜか、ふと、とてもきれいで儚げな1枚の絵画を見ているような、そんな錯覚に陥った。

それからボクは、ルアーの投げ方や泳がせ方はもちろん、マナーも含めてバス釣りのイロハを彼女に教えた。
そして飲み込みのよい彼女は、ボクの教えを忠実に守ってくれた。
"はい先生、わかりました!"
"ねえねえ、糸がこんがらがっちゃったんだけどこういう時はどうしたらいいの?"
"あー、藻にひっかかっちゃったよー"
"釣れないかなあ……。お願いバスちゃん、釣れて!"

派手な見た目とは違って意外と純朴なのかも。

「ねえねえ、初対面だし先生に向かってこんなこと言うのもなんだけど……。同い年じゃん、シンって呼んでもいい?」

そのときどうやら、ボクの「こころのバリア」の門番はうたた寝をしていたらしい。
誰とでもすぐに仲良くなれる子供のように、彼女はボクのこころに飛び込んできた。
遠慮がないのか垣根がないのか。
でも、不思議なことに不快感は全くなかった。
それどころか、なんだか懐かしく、とても落ち着くような……。

もしかしたらボクのこころは、どこかでそういう人の訪れを待ち望んでいたのかもしれない。

昼食の頃にはボクたちはすっかり打ち解けていた。

3つの仕事を掛け持ちしていて今日が2ヶ月ぶりの休みであること。
明日からまたしばらく休みなく働くこと。

おにぎりをほお張りながら、明るい声で話す彼女。

「でも、仕事は好きだから。じっとしてるのも苦手だしさ」
「そうかあ……。じゃあ、今日は絶対に釣ろう!」
「うん!」
大きく頷きながら、彼女はボクがくわえたマールボロに火をつけてくれた。

「よし、午後は日没まで気合を入れて行くよ!」
「オッケー!」
小さな手の中で、おにぎりが笑っている。


芦ノ湖の湖面を月明かりが照らし始めるころ、ボクたちは釣りを終えて桟橋に戻った。

なくしたルアー、3つ。
釣れたバスの数、ボク1、彼女ゼロ。
手に入れたもの。ボートを漕いだ距離の新記録と、腕の筋肉痛。

それがこの日の釣果だった。

「お疲れ。ゴメン、釣れると思ったんだけどなあ……」
ボートを降り、街灯の下で丁寧に道具を片付ける彼女にボクは話かけた。

「ううん、スゴく楽しかった!またやりたいなあ……」

暮れ行く湖畔のそよ風に、やわらかい声が運ばれる。

「うん、またやろう。今度こそちゃんと釣らせてあげる!」

「やったあ!」

日が暮れて、もう家に帰る時間になった子供同士が交わす明日の約束。
ボクを信じてくれる、疑いのない笑顔。

そよ風に運ばれたやわらかい声は、ボクのこころの深いところに届いた。

次、いつ会えるかな。
また一緒に遊びたいな……。

ボクの中に宿ったそんな気持ちを、この後の会話での彼女の言葉は一層強くさせてくれた。
そのときのことは今でもはっきりと覚えている。彼女の声も、風の匂いも、ボクの中でのシナプスの動きも。

「ねえ、あたし変じゃなかった?」
片付けを終えクルマに向かう道すがら、彼女が真面目な顔で口を開いた。
「ん? いや、ユキちゃんはセンスあるし投げ方もいいし、全然……」
何で彼女が突然そんな問いかけをしたのか、最初は全く理解できなかった。

「シン、今日一日やさしくしてくれてありがと」
彼女は星が瞬き始めた空を見上げながらそう言うと、一呼吸おいて続けた。
「あたしさあ、人にやさしくされたことってなくて。褒められたことも。だから、すごく嬉しかったし、どうしていいかわからなくて」

最後まであきらめずにガンバってルアーを投げ続ける彼女。

"は-い!ガンバる~!"
くったくのない笑顔。
大きく振られた目いっぱい伸ばした手。
どこまでも広がる青空。
晩春のやさしい陽光にきらめく湖水。

この日ボクの中に描かれた、きれいで儚げな1枚の絵画。

「いや、ユキちゃんのガンバりに応えたくて……」

"あのさあ、良かったら連絡先を……"

ボクはのどまで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。
そんなこと気軽に言ってはいけない。何故か、そんな思いがボクを通り過ぎて行った。

140209ashinoko1.png


   <3>

東の空が白み始めたころ、琵琶湖に向かったボクたちは目的地の膳所城址公園に到着した。
目の前に広がる大海原のような湖面を乾いた無邪気な風が自在に駆け回る。
そして悪戯好きなその風は、すれ違いざまに、ボクのフィッシングキャップを目深にかぶった彼女の髪をかき上げながら去って行く。

そんな彼女の姿を見て思う。
ずっとこの時間が続いたらいいのに。

「琵琶湖、ユキも行けるって!」
マサキと琵琶湖突撃計画を立てていたボクの耳にアカネの元気な声が響いたのは、夏休みを2週間後に控えた7月の終わりの頃だった。
「今度は釣れるような気がするって言ってたよ」
まぶしさを増した太陽にも負けない熱い思いが、ボクの中から溢れ出す。

それからボクは、試験間近の受験生よろしく琵琶湖での釣り方を徹底的に研究した。

研究したのはそれだけではない。

誕生日:2月10日
好きな食べ物:オムライス、イチゴ、和菓子
好きな色:ピンク

兄弟はいない。

そして……、両親も。

それがアカネから仕入れた情報。

「さあ、今日は絶対に釣るぞ!」
誰にというわけでもなくそう言うと、ボクはクルマから釣り道具を取り出しロッド(竿)とリールを彼女に手渡した。

「ロッドの準備、自分でできる?」
「うん、やってみる!」

ロッドにライン(糸)を通す彼女。

派手な容姿の中に潜む儚げな影。

" あたしさあ、人にやさしくされたことってなくて。褒められたことも。だから、すごく嬉しかったし、どうしていいかわからなくて "

芦ノ湖での彼女の言葉がボクの中でリフレインする。

ただただ、ロッドとラインに集中する彼女。
その後ろで心地よさそうに揺れる木々。
木々が奏でる深緑の葉擦れの音色。
その音色から飛び出した妖精が、彼女の周りで楽しげに踊っている。

140209zeze1.png


   <4>

冬の膳所城址公園に夕闇が迫る。
あれから何年経ったのだっけ。
あの日と同じ葉擦れの音色に身をゆだねていたボクは、目を開け、近江大橋の方を見やった。

その日、近江大橋付近で、彼女は見事にランカーサイズのブラックバスを釣り上げた。

"あー、なんかすごい、あーどうしよう"
"焦るな焦るな、ロッドとラインを直角にするんだ!"
"うわあ、走ってくよー"
"左に走ったらロッドを右にするんだ! ドラッグをちょっと緩めて慌てずに巻くんだ"
"なんか弱って来た"
"そうそう、ほら、もうすぐだ"
"来た来た!"
"よし、ロッドを立てて!"

"やったああ!釣れたあ!!!"

時に神様は、とても不公平に人生を創造する。
幼くして両親を亡くした彼女が、どれだけ辛い思いをしてきたことか。
他人(ひと)に受け入れられようと、どれだけ自分を押し殺し、耐えてきたことか。
こころに偽りの化粧を施した派手な容姿。
でも、純真なこころは簡単に穢れはしない。

ボクは、スーツの内ポケットから一通の手紙を取り出した。

シンへ

今日もありがとう!
楽しかったよ

芦ノ湖でシンがやさしくしてくれてうれしかった
すごくすごくうれしかった

それと
もうひとつ言いたいことがあるんだ

あのときシン、自分が釣ったバスにかかった針がなかなかとれなくて
逃がしたときにずっと「大丈夫かなあ」って心配してたでしょ

あれ、グッときたよ
こういう人もいるんだな
わたしもこういうこころを持ちたいって

わたしはまだ自分がわからない
でも、人に必要とされる人になりたいって思う

なれるかどうかわからないけど、そういう自分を探そうと思う

ねえシン
いつかオムライス食べに行こう!
もっともっとシンといっぱい話したい

いちごでもいいかな……
わたしは和菓子好きだからいちご大福もいいなあ

食べ物のことばっかだね

本当にありがとう、シン

じゃあまたね

ユキ


琵琶湖からの帰り際に彼女が手渡してくれた、最初で最後の手紙。
琵琶湖に来る前に予め用意していたらしい。

ユキ、自分探しはうまくできたかな?

暮れ行く空を見上げる。
夜の訪れを告げるまあるい月が、くっきりと浮かびあがっている。

冬の琵琶湖に一緒に来たかったよ。
そう、ユキの誕生日に。

だって、あれから調べたんだ。
膳所(ここ)にある松田常盤堂がいちご大福の発祥の店なんだって。
発祥と言われる店はいくつかあるみたいだけど、この店もそのひとつ。

ほら、ユキが好きなピンク色の、とても綺麗ないちご大福だよ。

ボクは空に輝くそれにも負けないくらいキラキラと輝くお月さまを袋から出し、手にした。

もう一度見たかったなあ。ブラックバスを釣ったときの、この世の幸せを独り占めしたようなユキの嬉しそうな顔。

"あたしが生まれた日、まっ白い雪が降ってたんだって!"

ユキ、誕生日おめでとう。

ピンクのお月さまを口に運ぶ。

甘くて、ちょっぴりすっぱい味が、ボクのこころに溶け込む。

Strawberry Moon。

葉擦れの音色から飛び出した妖精が、ボクの周りで踊り出す。


おわり

140209tokiwa3.png

スポンサーサイト

トラックバックURL
http://omunao1224.blog.fc2.com/tb.php/345-52fded73
トラックバック
コメント
リバーランズスルーイット(カタカナで書くとすごく変)を
思い出しましたブラッド・ピットの出世作です。たしか帽子にルアーを刺していたようないないような美しい映画でした。ポールでしたっけ?イギリス美形からアメリカ美形に乗り換えた瞬間でした。。。!こちら雪は降ってませんが寒いです。
羽衣ジャスミンdot 2014.02.10 17:18 | 編集
ジャスミンさん、おはよう!
返事が遅くなってゴメンなさい……

リバーランズスルーイット、見てないけど、youtubeでちょっと見たらなんだかすごく見たくなった。
美しい情景だね!時は変わっても、いつまでも、川は流れ続ける……。

ありがとう!
ジャスミンサン、寒さにまけないでガンバろうね!!
Omunaodot 2014.02.12 05:47 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top