2014
03.04

Forever (再掲載)

Category: ストーリー
調子に乗って、今日はまたまたストーリーの再掲載。
これはナポリタンの発祥の店、横浜の野毛にあるセンターグリルを舞台とした話。
ではどうぞ。

Forever 


 JR桜木町駅を出ると、祐也は、みなとみらい方面に向かうお洒落な人波に逆らい、妻の涼子とともに平戸桜木道路を抜け野毛柳通りに足を踏み入れた。
 18年ぶりの場末の香りが体に染み渡る。と同時にそれと連動するように自然と顔がほころぶ。
 オーストラリアで貿易商を営む祐也が、大学の4年間を過ごした街だ。
「大学は人生の目的を探す場」と考えていた祐也は、この街には自分が求める何かがあるのではないか、そんな漠然とした思いでこの地を生活の場に選んだ。

 その日に稼いだバイト代をGパンのポケットにねじ込み、安酒の酔いに身を任せて街を闊歩する。
 一流企業への就職を目指す同級生や、すりごまが背広を着たようなサラリーマンを「飼いならされた豚ども」と卑下しつつも、何れ「大学」という温室生活を終え別世界へと身を委ねることになる自分が何者かわからず、文学青年を気取って大岡川の水面をぼんやりと眺めながら「自分の存在理由」に頭を悩ませていた時期でもある。

 野毛柳通りの外れまで来ると、祐也は青い看板の店の前で足を止めた。
 どこまでも突き抜ける晴れ渡った冬空を仰ぎ、大きくひとつ深呼吸をする。
「米国風洋食 センターグリル」
 祐也が足繁く通った店。
 祐也を育ててくれた店。
 そして、祐也を育ててくれた大切な人と出会った店――。

「ご一緒してもよろしいですか」
 大学3年の秋、センターグリルのテーブルで料理の出来上がりを待つ祐也に、柔和な笑顔の老人が話しかけた。
「あ、はい、どうぞ」
 一瞬とまどいながらも、何か得体の知らない、周りをほっとさせるようなオーラが祐也を包み込み、自然と快諾の言葉が口をついた。
「あなたの食べっぷりはよく拝見させていただいていましたよ」
 オックスフォード地の水色のボタンダウンシャツに、濃紺のシングル三つボタンのブレザー。綺麗にプレスされたグレーのスラックスに足元はコインローファー。
 典型的なIVYに身を固めたその紳士然とした老人は、丁寧にブレザーを脱ぐと、祐也の前の席に腰掛けた。
「学生さんですか?」
「はい、今大学3年です」
 この老人、どこかで会ったことがあるような……、祐也は記憶をたどる。

 ふと、記憶の線がつながった。

 数ヶ月前まで、毎週のようにこの店の一番奥の席で、品の良さそうな老婦人と楽しげに食事をしていた姿が祐也の脳裏に蘇る。
「我々には子供がいなかったもので、あなたの食べている姿を見て、家内とよく『孫がいたらこのくらいの年かなあ』なんて楽しませてもらってたんですよ」
 それから老人は、自分が影山治夫という名であること、日本大通り方面で貿易商を営んでいること、そして、2ヶ月前に突然奥さんを失ったことを祐也に聞かせてくれた。
「私のほうが病弱で、そんな私を支えてくれた家内にまさか先立たれるなんて思いもよりませんでした。やはり、男やもめはよくない。格好つけても、男なんてひとりでは何もできやしないちっぽけな生き物ですよ」
 運ばれたナポリタンをフォークに巻きながら、老人はぼんやりと壁に目をやった。
 その目を、祐也は見つめた。
 頬の皺の上のくぼんで濁った白目、でも、そのとなりにある黒目は決して輝きを失っていない。こんな目は見たことがない。それに引き換え、オレのガラス玉のおもちゃのような目は何なんだ……。
 男の年輪と生き様を感じた瞬間だった。

 やがてランチタイムで賑わい始めた店内で、老人と祐也はそれぞれの自己紹介や趣味などをおり混ぜながら会話に花を咲かせた。
「今日はありがとう。おかげさまで久しぶりに充実した時間をすごせました。今日は私がご馳走しますよ。それと、もしよかったらまたご一緒にいかがですか?」
 老人の言葉に祐也はお礼を述べ、握手を交わして二人は別れた。

 その後しばしば、この店で老人と祐也は食事を共にした。
 老人は今後の人生に悩む祐也の相談に真摯にのってくれ、経営する貿易会社でのアルバイトも勧めてくれた。
「男っていうのは悩んでいたらいけない。机上の勉強で頭でっかちになってもいけない。自分の進む道を見つけ、しっかり地に足をつけ、それに向かって生きていくもんだ。その道が正しいか正しくないかなんて関係ない。ただ自分を信じて、周りを信じて。そして感謝の気持ちを持つ。それと、君は彼女はいるのかい?」
「いえ、……」
「何れ君も人生の良き伴侶に巡り合うだろう。でも本当に素敵な巡り合いがあるかどうかは、君が自分をしっかり持てるかにかかっている。幸い私は最高の伴侶に出会えた。将来の君の伴侶も、きっと今頃どこかで君の成長を待ち望んでいることだろう」

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 祐也は18年ぶりの扉を開け、涼子をエスコートしながらセンターグリルの2階へと上がった。

 変わらない景色が眼前に広がる。
 奥の席で、笑顔の若いカップルが美味しそうにオムライスをほおばっているのが見てとれた。
 老夫婦が決まって食事をしていた席だ。その若いカップルの姿が、祐也には若き日の影山夫妻の姿に見えた。
 影山さん、今頃天国で毎日奥さんと楽しい食事の時間を過ごしているんだろうなあ……。
 祐也は、あの日老人がしたような仕草をまねて、裏地に「H・Kageyama」と刺繍された濃紺のブレザーを丁寧に脱いだ。
 影山さん、オレ、少しはあなたに近づけたかなあ……。

「特製オムライスを二つください」

 18年前よりちょっと年輪を重ねた声が、店内に響き渡った。

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