明日への時間旅行 (再掲載) - 2014.03.11 Tue
人生の転機。
それは突然にやってくるものかもしれない。
若いときの転機。歳をとってからの転機。
喜びに包まれた転機。悲しみに包まれた転機。
今日は、鎌倉の小町通りにある喫茶、MORE(モア)を舞台としたストーリーの再掲載です。

明日への時間旅行
「3勝10敗だな……」
スプーンを片手にモアの2階の窓から小町通りを行き交う人々をぼんやりと眺めていた守が、祐二の方に目線を移しつぶやいた。
「……何が?」
アイスコーヒーを口に運ぼうとしていた祐二が、守の方を見やる。
「何だと思う?」
「そうだな、小町通りを歩いているイケてる女の子」
「バーカ」
「お前ならあり得る」
「30年前ならな」
守は苦笑いを浮かべ、オムライスを一口食べると続けた。
「オレたちが行っていた茶店(サテン)。今も残っているのはここも含めて3ヶ所だけ。大船の薔薇館も西鎌倉のコロンもない。藤沢のマタリとドルチェは、今は食べ物屋だ」
「そういうことかあ……」
祐二はアイスコーヒーのグラスに映る自分の顔の輪郭を目でなぞりながら、ため息交じりにうなずいた。
モアの店内にはシャカタクのNight Birdsが流れている。
1982年のスマッシュヒットナンバーだ。
あのころ……。
祐二と守の大学時代……。
「おじゃましまーす……」
家には誰もいないと知りつつ、それでも玄関で一応挨拶の言葉を言って、祐二達の仲間は毎日のように守の家に集まっていた。
バイブルはポパイと片岡義男、それとカーグラフィック。1階の冷蔵庫からよく冷えた缶ビールを取り出し、真昼間から水代わりに飲みながらアルディメオラやリーリトナーのギターをコピーしまくっていた。
夜になれば海沿いの134号を西へと向かい、箱根の大観山に向けて走り出す。守のRX-7、祐二のケンメリ、その他仲間の117クーペやトレノ。
“すべての四足動物は後ろ足で大地を蹴る”そんな桜井眞一郎氏の言葉に陶酔し、”FF(前輪駆動)なんてクルマじゃねえ。やっぱりFR(後輪駆動)だよな”なんてこだわる硬派なクルマ好きの集まりと思いきや、ハートカクテルのような恋愛に憧れ、仲良しの女の子たちと逗子マリーナでテニスに明け暮れたりもした。
就職や家族のことなんか考えずに、ただ今日を楽しみ、明日も幸せな日が来ることを疑うことなく生きていた。

曲がTOTOのRosannaに変わった。
「あのころは、毎日が楽しかったよなあ……。」
手にしたアイスコーヒーのグラスを見つめたまま、祐二は独り言のような口調でそういうと、話を続けた。
「人ってさあ、いつまで夢に生きて、いつから思い出に生きるのかなあ?オレさあ、思い出に生きたくないんだ。そうなったら人生も終わりだって思う。常に前向きに、夢を忘れることなく。お前と『一緒の会社に入ろう。で、オレたちでいい会社に育てよう』って夢見て入社しただろ。今でもその思いは変わらないし、変えたくはない。でもなあ、どうしても前向きになれずに楽しかったときに逃げてしまう……」
11月の小町通りの西の空が、ほのかにオレンジ色に染まろうとしている。
「ほら」
ぼんやりと天井の方に目をやる祐二に、守がマールボロの箱を差し出した。
「吸えよ、いいだろ今日くらい」
軽く会釈をして箱から1本抜き取り口にくわえた祐二に、守が火をつける。
石がすれボッと炎が上がると、ZIPPOのオイルの香りが広がった。
「ありがとう」そういうと、祐二は18年ぶりのタバコを深く吸い込んだ。
「夢と思い出に線を引く必要なんてないんじゃないかなあ。いいんじゃないか、思い出に生きたって。お前とはお互い励ましあって今日まで来たし、それは大切な思い出だと思ってる。思い出に生きたくてもそんな思い出さえない人だっているわけだし、素晴らしい思い出を見つめて生きて行っても、何も悪くはないと思う。いやむしろ、思い出があるからこそ頑張れるんじゃないかなあ……」
そんな守の言葉のあと、二人はしばらくの間無言で、ぼんやりと暮れゆく景色を眺めていた。
良き思い出。それは自分が生きてきた、確かな証。
“なあ、オレたち将来どっちが稼ぐと思う”
“オレたちのS採用ってさあ、特別扱いのスペシャル採用だと思ってたら、ソルジャー採用のSなんだってよ。チクショウ、でも関係ねーよな。よし、お前と一緒ならできる!”
祐二の中で、目の前に座るスーツの守の姿が、30年前のGジャンの姿と重なる。
やがて、吸い終わったタバコを灰皿に押し付けて消しながら、裕二は口を開いた。
「今までありがとうな。オレたちの中では、今でも13勝0敗だよな」
守は祐二の目をじっと見ながら大きくうなずくと、
「これからもな」
そう言って右手を差し出す。
「人事部長が言うことに間違いはないかな。もしかして、これがオレの面談?」
裕二の言葉に守は軽く笑を浮かべ、二人はがっちりと握手を交わした。
「あとの選択はオレ次第だな……」
「ああ、例えお前が社命のどちらを選択しても、オレたちの思い出は変わることはないし、決して色あせることもない」
「人事部長がお前でよかったよ。オレに手続きで戸惑わせるなよ」
秋の空はすっかりと夜に向かう準備を終え、窓の外が街明かりに変わろうとしている。
「じゃあ、今日は朝まで行くか」
守が問いかける。
「おー、先ずは大観山だな。お前の自称フェラーリで」
祐二の声が弾ける。
「OK! その後は茅ヶ崎のインザチップスに行って、鎌倉山のロイヤルホストにしよう」
「残念ながらロイヤルホストは24時までだ」
「11敗目か。ま、クルマの中で作戦を考えよう」
「おー!」
会計を済ませると、二人はさっそうと小町通りへと消えて行った。
さあ、今日は守の自称フェラーリで、Back to the Future!!

それは突然にやってくるものかもしれない。
若いときの転機。歳をとってからの転機。
喜びに包まれた転機。悲しみに包まれた転機。
今日は、鎌倉の小町通りにある喫茶、MORE(モア)を舞台としたストーリーの再掲載です。

明日への時間旅行
「3勝10敗だな……」
スプーンを片手にモアの2階の窓から小町通りを行き交う人々をぼんやりと眺めていた守が、祐二の方に目線を移しつぶやいた。
「……何が?」
アイスコーヒーを口に運ぼうとしていた祐二が、守の方を見やる。
「何だと思う?」
「そうだな、小町通りを歩いているイケてる女の子」
「バーカ」
「お前ならあり得る」
「30年前ならな」
守は苦笑いを浮かべ、オムライスを一口食べると続けた。
「オレたちが行っていた茶店(サテン)。今も残っているのはここも含めて3ヶ所だけ。大船の薔薇館も西鎌倉のコロンもない。藤沢のマタリとドルチェは、今は食べ物屋だ」
「そういうことかあ……」
祐二はアイスコーヒーのグラスに映る自分の顔の輪郭を目でなぞりながら、ため息交じりにうなずいた。
モアの店内にはシャカタクのNight Birdsが流れている。
1982年のスマッシュヒットナンバーだ。
あのころ……。
祐二と守の大学時代……。
「おじゃましまーす……」
家には誰もいないと知りつつ、それでも玄関で一応挨拶の言葉を言って、祐二達の仲間は毎日のように守の家に集まっていた。
バイブルはポパイと片岡義男、それとカーグラフィック。1階の冷蔵庫からよく冷えた缶ビールを取り出し、真昼間から水代わりに飲みながらアルディメオラやリーリトナーのギターをコピーしまくっていた。
夜になれば海沿いの134号を西へと向かい、箱根の大観山に向けて走り出す。守のRX-7、祐二のケンメリ、その他仲間の117クーペやトレノ。
“すべての四足動物は後ろ足で大地を蹴る”そんな桜井眞一郎氏の言葉に陶酔し、”FF(前輪駆動)なんてクルマじゃねえ。やっぱりFR(後輪駆動)だよな”なんてこだわる硬派なクルマ好きの集まりと思いきや、ハートカクテルのような恋愛に憧れ、仲良しの女の子たちと逗子マリーナでテニスに明け暮れたりもした。
就職や家族のことなんか考えずに、ただ今日を楽しみ、明日も幸せな日が来ることを疑うことなく生きていた。

曲がTOTOのRosannaに変わった。
「あのころは、毎日が楽しかったよなあ……。」
手にしたアイスコーヒーのグラスを見つめたまま、祐二は独り言のような口調でそういうと、話を続けた。
「人ってさあ、いつまで夢に生きて、いつから思い出に生きるのかなあ?オレさあ、思い出に生きたくないんだ。そうなったら人生も終わりだって思う。常に前向きに、夢を忘れることなく。お前と『一緒の会社に入ろう。で、オレたちでいい会社に育てよう』って夢見て入社しただろ。今でもその思いは変わらないし、変えたくはない。でもなあ、どうしても前向きになれずに楽しかったときに逃げてしまう……」
11月の小町通りの西の空が、ほのかにオレンジ色に染まろうとしている。
「ほら」
ぼんやりと天井の方に目をやる祐二に、守がマールボロの箱を差し出した。
「吸えよ、いいだろ今日くらい」
軽く会釈をして箱から1本抜き取り口にくわえた祐二に、守が火をつける。
石がすれボッと炎が上がると、ZIPPOのオイルの香りが広がった。
「ありがとう」そういうと、祐二は18年ぶりのタバコを深く吸い込んだ。
「夢と思い出に線を引く必要なんてないんじゃないかなあ。いいんじゃないか、思い出に生きたって。お前とはお互い励ましあって今日まで来たし、それは大切な思い出だと思ってる。思い出に生きたくてもそんな思い出さえない人だっているわけだし、素晴らしい思い出を見つめて生きて行っても、何も悪くはないと思う。いやむしろ、思い出があるからこそ頑張れるんじゃないかなあ……」
そんな守の言葉のあと、二人はしばらくの間無言で、ぼんやりと暮れゆく景色を眺めていた。
良き思い出。それは自分が生きてきた、確かな証。
“なあ、オレたち将来どっちが稼ぐと思う”
“オレたちのS採用ってさあ、特別扱いのスペシャル採用だと思ってたら、ソルジャー採用のSなんだってよ。チクショウ、でも関係ねーよな。よし、お前と一緒ならできる!”
祐二の中で、目の前に座るスーツの守の姿が、30年前のGジャンの姿と重なる。
やがて、吸い終わったタバコを灰皿に押し付けて消しながら、裕二は口を開いた。
「今までありがとうな。オレたちの中では、今でも13勝0敗だよな」
守は祐二の目をじっと見ながら大きくうなずくと、
「これからもな」
そう言って右手を差し出す。
「人事部長が言うことに間違いはないかな。もしかして、これがオレの面談?」
裕二の言葉に守は軽く笑を浮かべ、二人はがっちりと握手を交わした。
「あとの選択はオレ次第だな……」
「ああ、例えお前が社命のどちらを選択しても、オレたちの思い出は変わることはないし、決して色あせることもない」
「人事部長がお前でよかったよ。オレに手続きで戸惑わせるなよ」
秋の空はすっかりと夜に向かう準備を終え、窓の外が街明かりに変わろうとしている。
「じゃあ、今日は朝まで行くか」
守が問いかける。
「おー、先ずは大観山だな。お前の自称フェラーリで」
祐二の声が弾ける。
「OK! その後は茅ヶ崎のインザチップスに行って、鎌倉山のロイヤルホストにしよう」
「残念ながらロイヤルホストは24時までだ」
「11敗目か。ま、クルマの中で作戦を考えよう」
「おー!」
会計を済ませると、二人はさっそうと小町通りへと消えて行った。
さあ、今日は守の自称フェラーリで、Back to the Future!!

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