2014
07.09

いただきます!

Category: その他
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「いただきます」
普段は意味を考えることもなく発しているけれど、この6文字には2つの思いが込められている。

ひとつは、食事の支度に携わってくれた方々への感謝の気持ち。
料理を作ってくれた方。
配膳をしてくれた方。
お米や野菜を作ってくれた方。
魚を獲ってくれた方などなど。
多くの方々への感謝の気持ち。
そういう方々がいて、今、自分は自分の命のための食事をとることができるといった気持ち。

もうひとつは、食材への感謝の気持ち。
肉や魚、それと、野菜や果物にも。
命をいただき、私の命にさせていただきますと……。
どうやら、こちらの方が本意のようだ。

自分の命を維持するために、他の命を頂いている。
「命の大切さ」を訴えつつ、捕食と被食の食物連鎖で成り立つこの世の中。
自らが他の生き物の犠牲の上に存続する、どうしようもない罪。
肉体を持たない魂だけの存在ならばこの罪から解放されるのに、どうして肉体を授かって生まれてくるのだろう……。

ボクはある意味、この世は修行の場だと思っている。
試練も、自分が成長するために与えられたもの、そう思う。
そもそも、生物が、「他の命を頂いて生きて行かなくてはならない存在」というのはとても大きな試練だ。

世の中は便利になっている。
この便利さは、イコール、「不浄を隔絶する」と取ることができる。
食材は「調理すればよいだけ」の状態になったものがスーパーで売られている。
そこに、「命をいただく」という感覚はない。
もし、スーパーがなく、加工された食材もなかったとしたら。自分で獲物をしとめて切りさばかなければならなかったとしたら……。
それこそ、「試練」を毎日実感できるかもしれない。

給食費を払っているから「いただきます」は言う必要がない。
レストランでお金を払っているから「いただきます」は言う必要がない。
こんな話を耳にすることがある。
そのたびに、とても悲しい気持ちになる。

命を与え、いただく。

日常の中で、このことを感じとれなくなっている世の中。
だからこそ、今一度、「いただきます」の意味をきちんと理解して、大きな声で「いただきます!」と言うのは、とても大切なことだと思う。

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