2014
11.07

【再掲載】 無償 【2】

Category: ストーリー
         3

 今晩は雪景色のクリスマスイブになりそうです。都心でも雪がちらつくでしょう。厳しい寒さなので暖かい服装でお出かけください。
 午前7時5分。支度を終え天気予報をチェックしたリョウは、いつもの電車に乗るべく家を出る。
 今日は長めの傘を持って行ったほうがいいな。
 
 電車の中にはいつもの顔ぶれが並んでいる。黒のきれいめ系できめ、じっと眼をつぶった兄ちゃん。眉間にしわをよせて給食管理学の問題集と格闘する女子大生。立ち飲み屋の常連客にいそうなオジサン2人組。「パンに入ってるのってなんだっけ? イース、イースト」「それって方角っぽくない」「イーストって西だっけ。あれ東?」10秒に30回はケラケラと笑っている女子高生3人組。
 みんな赤の他人、でも顔は知っている。
 不思議な空間は、今日もまた、それぞれの人生を乗せて走って行く。

         4

「おはようございます!」
 インターホンの向こうから明るい声が響く。
 太陽が高くのぼりはじめた5月の遅い朝、約束通りに彼女はやってきた。
 玄関をあけると、オレンジのギンガムチェックとサブリナ丈のホワイトデニムに身をつつんだ彼女が、満面の笑みを浮かべ、ぺこりとおじぎをした。
「いらっしゃい」
 部屋に通すとリョウは、さきほど買ってきたレアチーズケーキと紅茶で彼女を出迎えた。
「わー、ありがとうございます! 私、チーズケーキ大好きなんです!」
「やっぱり。なぜか、なんとなくそんな気がしたんだ」
 リョウは笑顔を返す。
「いただきます!」
 うれしそうにケーキにフォークを入れると彼女は、
「おいしい!」
 キラキラした目でリョウを見つめて微笑んだ。
 微笑みから飛んできたほんわかとした充実感が、リョウに舞い込む。
 それからふたりは、アシカとアザラシとセイウチとトドとオットセイの違いやら、好きなスウィーツベスト10やら、他愛もない話に花を咲かせた。

 時は過ぎ――。

「そろそろお昼ですね」
 壁の時計に目をやり彼女が言った。
「外に食べに行こうか?」
「いいですねえ! どこか行きたいところってありますか?」
「そうだなあ……」
「たとえば、昔好きでよく行っていたところとか」
「好きだったところ?」
 リョウは頭の中の検索エンジンをフル回転させる。そんなリョウを、優しい微笑みで見守る彼女。
 なぜだろう。彼女とはこの前はじめて会ったばかりだが、もう何年も前から知っているような感覚に陥る。一緒にいると不思議とリラックスできて、頭の中がクリアになるような気がする。
「そうだ!」
 リョウの頭の中に鮮明な景色が浮かび上がった。
「海を見に行こう! 七里ガ浜の海を見に行こう」

 嬉しいとき、悲しいとき、心が滅入ったとき。
 何かがあると、いつも海を見ていた。
 高台から、七里ガ浜の海を、リョウは見ていた。
 リョウの好きな場所。リョウを育ててくれた場所。リョウを見守ってくれた場所。
 そう言えば、もう十年来、海すら見ていない。

 リョウたちは目的地に向けてクルマを走らせた。鎌倉山のロータリーを越え、棟方版画美術館を横目に小路を進む。
 やがて道は行き止まり、木漏れ日あふれる木々の向こうに住宅地とその先に広がる青い海が顔をのぞかせた。
クルマを停め、降りると、リョウは大きくひとつ深呼吸をする。
「こんなところ、あったんですね」
 クルマの屋根をテーブル代わりに両手で頬杖をつきながら彼女がつぶやく。
「ここは、ホントによく来たんだ」
 リョウは彼女の隣に並び海の方に目をやった。
「ほら、家並の向こうに海が見えるだろ。こうやって見てると、海の大きさに比べて人間の営みなんてちっぽけなものだなって思えるんだ。やれ隣の家との境界線がどうとか、些細なことでいがみあったり、名声と富を手に入れるために躍起になったり、そんなものはどうでもいいんじゃないかと」
 そうしゃべりながら、なぜか心がすっとしていく気がした。自分で自分に言い聞かせているような。もしかして、これが彼女の『おくすり』の効果?
 リョウは住宅地に降りる階段に腰をおろした。彼女が隣に座ろうとする。
「あ、ちょっと待って」
 リョウはポケットから紺色のバンダナを取り出し階段に広げた。
「ありがとうございます。やっぱり優しいんですね」
 彼女が微笑みかける。

 それからふたりは、ぼんやりと海を眺めた。
 ゆったりとした時間が流れていく。
「でも、海って、すごいですよねぇ。広くて大きくて、見た目も心を開放してくれて、潮騒の音も、磯の香りも、みんな安らぎを与えてくれて。でも、時にすごくこわかったりして……」
 海からの風がそう言う彼女の髪を優しくゆらしている。
 そしてその風は、ほのかに香るつややかな髪の香りとともに、彼女の柔らかい温もりをリョウの心に運んでくれる。

 思い返すと、ここに来るときはいつもひとりだった。
 海を見やるリョウの目に思い出がよぎる。
 いつもひとりで来てた場所。
 正確に言うと、一度だけ、ひとりではなかったことがある。
 そう、たった一度だけ。

 琥珀と一緒、だったとき。
 動かなくなった琥珀を連れてきたとき。

「なんだかすごく懐かしい気がします。不思議なんですけど、前にも来たことがあるような……デジャビュ、みたいな……」
 沈黙を破り彼女がつぶやく。
 彼女の言葉が、時空をまたぎリョウの中を通り過ぎて行く。
 なんだろうこの感覚……。
 そのときなぜか、言葉では言い表せない妙な感じがリョウを包みこんだ。
 懐かしさ? せつなさ? 
 胸がしめつけられるような、遠い昔に置き去りにした大切な忘れものを見つけたような……。
 
 時間が、とまっている。 

  < つづく >

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