2015
02.16

日出国を考える その1

Category: その他
昨年の1月に、千賀一生氏著作の「ガイアの法則」について書いた。
(今日の記事として再掲するので興味がある方はご覧ください)

この中で、「これからは日本が中心となる時代」といったことに触れたけど、今、ボクの中で、その感覚が今まで以上に強くなりつつある。

2月11日に、「今日は建国記念の日だけど、日本ってどういう国なんだろう?」との問いかけが頭に浮かんだ。
中国、韓国やイスラム国との関係といった政治的なことやら、「アナと雪の女王」に続いて「ベイマックス」というメッセージ性の強いディズニー映画がヒットしていることやら。

数回にわたり記事を書こうと思う。

では、以下は「ガイアの法則」の再掲。

*************************************************************

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災から19年が経過した。
今でも、朝のテレビに映し出された映像を鮮明に記憶している。
今改めて、犠牲となった人々のご冥福を心よりお祈り致します。

さて今日は、その「阪神・淡路大震災」が「新しい文明が東経135度で生まれた合図」であるという話のご紹介。

2010年に発行された「ガイアの法則(著者 千賀一生)」という本がある。

かいつまんで紹介すると……。

・文明には東洋文明と西洋文明がある。

・共に1611年周期で文明が栄える拠点(文明が開花する所)が移動する。

・拠点は、西洋文明は西に、東洋文明は東に、ともに22.5度移動する。

・西洋文明の移動を「西回りスピン」、東洋文明の移動を「東回りスピン」と呼ぶ。

・1611年のうち、前半の約800年は繁栄をする“昼の時期”で、後半の約800年は衰退へと向かう“夜の時期”である。

・西洋文明と東洋文明は交互に優位になる。両者には約800年のずれがあり、西洋文明が“昼の時期”のときは東洋文明は“夜の時期”で、逆に東洋文明が“昼の時期”のときは西洋文明は“夜の時期”である。

・西回りスピンが優位なときには「物質的な繁栄」が起き、東回りスピンが優位なときには「精神的な繁栄」が起きる。

・今は西暦1200年頃(約800年前)にイギリスから始まった「アングロサクソン文明」と呼ばれる西洋優位の時代。
 たとえば、共通言語は英語。時間はグリニッジ天文台が基準であり、資本主義経済(=「物質的な繁栄」)はイギリスの産業革命から始まったものである。

・前回(約1600年前)の東洋文明は唐文明で、112.5度の位置にある。ここから22.5度移動したところが次の文明の中心地。112.5度+22.5度=135度。まさに日本標準時子午線であり、阪神・淡路大震災の震源地である。

以上を図解するとこうなる。

140118spin1.png



さて、この「1611年周期」だけど……。

世界は16ビートで回っていて、人間は16ビートの音楽を聴くと気持ちが良くなるそうだ。
睡眠のレム睡眠,ノンレム睡眠は1.5時間ずつで、これは24時間を16ビートにした1ビートの時間。
バイオリズムは、身体リズム(23日周期)、感情リズム(28日周期)、知性リズム(33日周期)から成るが、365日を16で割ると約23日であり、身体リズムの周期に当たる。

この「16」がポイント。

地球(天体)の歳差運動の周期は25776年。
歳差運動の周期とは、自転の首ふり運動で、軸がぐるっと一周して円を描く周期。
斜めに傾いて回るコマの心棒の先端を目で追いかけると、ぐるっと回って円を描くでしょ。

その25776年を16ビートに分けると、1ビートは1611年。
この周期で新たな文明が生まれているってわけ。
なんかすごいなあ。。
とてつもなく大きな力に支配されている気がする。

この「ガイアの法則」に則ると、「アングロサクソン文明は衰退期に入り、新たな文明、イコール、東経135度で生まれる新たな東洋文明が中心になる」、言い換えると「物質的な文明=資本主義経済は衰退し、日本を中心とした精神的な文明が中心になる」ということだ。

で、その合図が1995年の「阪神・淡路大震災」だと。

新しい文明の始まりかあ……。

資本主義の限界。
それはいろいろな所で感じる。
限られた牌を取り合い、より多い利益を得るために企業は効率化を推進する。
営利企業として当然の活動であり、ボクもその中にいる。

そして、物質的な満足なしには精神的な満足が得られない麻薬中毒患者になって行く。
勝ち組だの負け組だのと言われる。
勝ち組は精神的な満足が得られるのか?
いや、物質的な満足が得られたところで、決して精神的な満足が得られるわけではない、とボクは思う。

ではどうすればよいか?

現在の世の中基準で物事を考えていてはこの閉塞感から脱することはできない。視点を変える必要がある。

たとえば……。

ボクは「新型うつ病」について漠然と思っていることがある。
好きなことは出来るけど、嫌いなことはできない、やろうとしないというのが一般的な特徴で、医師の診断書を片手に休職していることへの罪悪感、抵抗感があまりない。
休職中の手当、休職中に利用できる待遇や制度最大限に活用し、休職中に旅行にも行く。

で、周りはこの生活態度に呆れ果てる。
ふざけるなと。
理解不能。確かに、「ふざけるな」だ。
では、言い聞かせれば変わるのか?

ムリな気がする。
なんか違うような気がする。
これって、従来の考えでは永久に理解不能なのではないかと。
今までの常識、いわゆるDNAに刻み込まれたものの変化なのかもしれないって思う。
従来の人間にはないものが生まれつつある。
だから、従来の人間には理解できない(良い悪いの問題ではなく)。
従来の人間とは違う何かを身に着けてこの世に生を受けているのではないか?
まったく違う世の中を創造すべく命が生まれているのではないか?

まあ、新型うつがどうのこうのはともかくとして、間違いなく「資本主義経済文明」の次が求められつつある時代であり、日本がその中心になることは大いにあり得ると思う。
日本経済が衰退するに連れ、逆にそれは顕著になるのかもしれない。
大きな震災や事故を乗り越え、「きずな」を創生する、大いなる和の国、日本。

ボクはこの国に生まれたことを、そして、この国の人たちと同時代を生きていることを誇りに思う。

スポンサーサイト

トラックバックURL
http://omunao1224.blog.fc2.com/tb.php/659-b46ccbc3
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top