2015
05.01

小田急線にて

Category: その他
先日の土曜日、小田急線に乗っていたときのこと。
目的の駅につく4つ手前で、犬が乗って来た。

音楽を聴きながらボーっとしていたので、車内に突然犬が現れたことに一瞬驚いたが、その容姿からすぐさま盲導犬だとわかり、ボクの目はその犬に釘付けになった。

犬種はイエローのラブラドール・レトリバー。
青い柄物の服を着て、その上にハーネスを装着している。

入口付近に立った飼い主の前で辺りをきょろきょろと見回す盲導犬。それはまるで、入りこんだ所が安全な場所かどうかを確かめているようだ。
しばらくするとその犬は、「何かあるまでじっとしている」ことを忠実に守るべく、電車の床に突っ伏した。
当然、その犬の前を通り過ぎる人もいるのだが、まったく動じない。
鼻先まで床に突っ伏し、足をきちんとそろえ、じーっとしている。
その姿に、ピリピリとした緊張感は感じられない。
黒いつぶらな瞳が、車内の空気をほんわかとしたものに変えて行く。
気がつくと、ボク以外の乗客も、何人かはその犬の方を見て笑顔を浮かべている。

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自分の任務を忠実に行う盲導犬。
そんな盲導犬に対しては、撫でたり、声をかけたり、食べ物をあげたりしてはいけないと言われている。
なんだか、つぶらな瞳でおとなしく突っ伏している盲導犬をじっと見ていると、涙が出そうになってくる。

その理由には、その犬がラブラドール・レトリバーっていうのもあるんだと思う。
盲導犬の犬種は、ゴールデン・レトリバーかラブラドールレトリバー。
中でも、失礼だけどちょっとまぬけっぽく見えるラブラドールには、周りの空気を柔らかくする雰囲気がある上に、何とも言えない哀愁が漂っている。
「きな子〜見習い警察犬の物語〜」も、「ほねっこ」で有名なサンライズフードの「ゴン太」もラブラドールだし。
「飼い主を守る」という点で、小型犬では大きさ的に事足りないだろうし、シェパードやドーベルマンでは周りに恐怖を与えてしまう。ラブラドールでも黒や茶ではダメなんだろう。

結局ボクは、降りるまでずっとその犬を見ていたんだけれど、最後まで姿勢を変えることはなかった。
そんな姿を見て、ふと思い出したのが昨年の夏に起きた「盲導犬オスカー刺傷事件」。
犯人は見つからず、その後「ただの皮膚病では」との見解も出された。
皮膚病ならそれでよい。真相はわからなが皮膚病であるほうが救われる。

そして、もうひとつ思い出したのが「ペット病院裏話」に掲載されている話。

盲導犬の隠された性格 ( ← リンク )

以下、引用。

■ 毎朝見ていた彼の姿

毎朝、私が通勤する途中に見かけていたある盲導犬。
交通量の多い交差点で、いつも彼が信号待ちをしている時間、私は「やっぱり盲導犬は凄いなぁ。素質があるよねぇ。」と思いながらニコニコとその横を車で通過します。
獣医と言えども、盲導犬を見る事はなかなかありません。
それはとても印象的な、それでいて毎日続く不思議な風景でした。


■ 出会いは突然やってきました

ある日、そんな盲導犬の彼が、ひょんな事から私の患者になりました。
盲導犬の管理は非常に厳しく、月に一回の健康診断、爪の確認、足裏の毛刈り、肛門腺に予防関係に・・・・。
とにかく飼い主さんに危険が及ばないよう、完璧な状況下で任務がこなせるようにメンテナンスされています。
もちろん優秀な盲導犬。
爪切りでも自分から足を差し出すほどで、全ての診察は非常にスムーズに進みます。
ところがある日、彼の本当の姿を見ることになるのです。
それは正確に体重を測ってみましょうか・・と盲導犬の補助器具を全て外した時の事でした。


■ 豹変した彼

彼は一目散に病院を駆け巡りました。
そして、病院内の看護士、獣医一人ひとりに挨拶をするようにじゃれて、グルグル回って、伏せをしたと思いきや飛び掛ってきて、また次の人間のところへ・・・。
そう、これが彼の本当の姿だったのです。
本当は人間と一緒に思い切り遊びたくて、走り回りたくて、普通の犬としての暮らしに憧れを持っていた。
そんな彼に与えられた使命、盲導犬。
長い間、ずっと抑えていた感情だったのでしょう。
そんな彼を露にした原因、それは・・・。


■ プロ意識

間違いなく、彼に付けられていた補助器具でしょう。
それを付けている間、彼は「プロ」なのです。
何があっても、飼い主さんを守り、自分の使命を果たさなければなりません。
飼い主さんの「いつもごめんなぁ・・ごめんなぁ・・先生、少しだけこの子を自由にさせてあげても良いですか?」と言う言葉が重く心に残っています。
飼い主さんは、きっとこの子の気持ちにずっと気づいていたのでしょう。
信頼で結ばれた強い関係。
本当は遊びたいし走りたい・・・けれども誇りを持って毎日仕事を続ける盲導犬に強く感銘を受ける事となりました。


■ それから・・・

今でも毎朝彼の姿を、交通量の多い交差点で見かけます。
しつこいですが、「素質」などと安易な言葉で彼を評価していた私自身に今でも苛立ちを隠せません。
そんな簡単なものでは無いのです。
彼は毎月、病院に来た時だけ補助器具を外し、ほんの数分だけみんなに挨拶しにいく自由を与えられています。
私たちも精一杯、彼と挨拶をします。
犬は本当に凄いです。
獣医になって良かったと思います。

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「ペットや人間のサポート役」として飼われてきた犬。
「盲導犬」という存在は、「人間を救う」ものなのか、はたまた「動物虐待」なのか。
四六時中神経を使う盲導犬の寿命は通常の半分くらいとのうわさがある一方で、実際はそんなことはなく、ハーネスを外しているときは、つまり仕事モードでないときは他の犬と同じようにじゃれたりしてリラックスして過ごしているとの話も聞く。

人間も動物も、この世に生まれたものには意義や役目があるのだと、ボクは思う。
盲導犬には盲導犬の役目がある。
人間を助けるために生まれてきたのであれば、それでいいのではないか。
人を癒してくれるペットだって、激しい競争にさらされる競走馬だって。

盲導犬は仕事として従事してる。
でも、きっと、「仕事だし仕方ねえよなあ。あと1時間で今日の仕事もやっと終わりだあ」なんて思いながら生きているわけではないだろう。

大切なのは人間と動物の関係。
そこにあるのは、飼い主と盲導犬との、キヅナ。

電車の中でおとなしく突っ伏している盲導犬。
年老いて役目を終え、飼い主と別れるときはどんな気持ちなんだろう……。

目は口ほどにものを言う。
盲導犬のつぶらな、輝く瞳は、虐待を受けおどおどしているそれとは対照的に思える。

今一度、人と動物との関わりを考えさせられるひとときだあった。

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