2015
06.02

小田急線にて

Category: その他
うわあああ、ショック~!

今朝、記事を書いて公開しようとしたら消えてしまった。。
しばらくは諦めがつかずに、どうにかならないものかとあれこれ試みたが、結局は徒労に……。

ということで、気を取り直して再度書くこととしよう。

先日の土曜日、小田急線の車内でのこと。
ボクが降りる4つ手前の駅で、ドアが開くなり犬が乗って来た。
ボーっと音楽を聴いていたボクは、一瞬、何事かと目を丸くしたが、次の瞬間その犬が盲導犬だとわかり、目が釘づけになった。

犬種はイエローのラブラドール・レトリバー。
洒落た青い柄物の服の上にハーネスをつけたその犬は、電車に乗り込むと、入り口付近に立った飼い主の前できょろきょろと周りを見回し始めた。
それはまるで、今いる場所が安全かどうかを確かめているようだ。

しばらくすると、乗車時のチェックが終了したのか、「次に何かがあるまで待機せよ」との命令が脳内にされたがごとく、前足をきれいにそろえ、犬はおとなしく床に突っ伏した。

鼻まで床につけて、きょとんとしたつぶらな瞳が「ひとやすみ」と言っている。
人が目の前を通り過ぎようが、まったく動じることなく、ぽつんとおとなしくしている。
その姿の何とも言えない可愛さ。
車内に、ほんわかとした空気が漂う。
気がつくと、ボク以外の何人かの乗客がその姿を見ながら微笑を浮かべているではないか。
そんな雰囲気に包まれたのは、おそらく、犬種がラブラドール・レトリバーだということもあるのだと思う。

盲導犬になるのはゴールデン・レトリバーかラブラドール・レトリバーである。
小型犬では飼い主を守るには事足りないし、かといってシェパードやドーベルマンでは周りに恐怖心を与えてしまう。
だから、この2種類が盲導犬に適しているとされている。
中でも、個人的には、毅然とした雰囲気のゴールデンよりも、ちょっとマヌケっぽい愛らしさの中になんとなく哀愁が漂っているラブラドールの方が好きだ。
かつ、色は、黒や茶ではなくイエローがよい。
典型は、「ほねっこ」のゴン太や、「きな子〜見習い警察犬の物語〜」のきな子。

ボクは、そんなラブラドール・レトリバーの姿を見ながら、2つの話を思い出した。

ひとつは昨年の夏にあった「盲導犬オスカー刺傷事件」。
この事件の犯人は見つかっていない。
それどころか、「刺傷ではなく皮膚病だった」という話もある。
結局、真相はわからないのだが、皮膚病であるなら、それはそれでよいと思う。
と言うより、皮膚病であった方が救われるし、ほっとする。

140901dog1.png


もうひとつはネットの「ペット病院裏話!?」で読んだ記事。

盲導犬の隠された性格」 ( ← リンク )

以下、引用。

■ 毎朝見ていた彼の姿

毎朝、私が通勤する途中に見かけていたある盲導犬。
交通量の多い交差点で、いつも彼が信号待ちをしている時間、 私は「やっぱり盲導犬は凄いなぁ。素質があるよねぇ。」と思いながら ニコニコとその横を車で通過します。
獣医と言えども、盲導犬を見る事はなかなかありません。
それはとても印象的な、それでいて毎日続く不思議な風景でした。


■ 出会いは突然やってきました

ある日、そんな盲導犬の彼が、ひょんな事から私の患者になりました。
盲導犬の管理は非常に厳しく、月に一回の健康診断、爪の確認、足裏の毛刈り、肛門腺に予防関係に・・・・。
とにかく飼い主さんに危険が及ばないよう、完璧な状況下で任務がこなせるようにメンテナンスされています。

もちろん優秀な盲導犬。
爪切りでも自分から足を差し出すほどで、全ての診察は非常にスムーズに進みます。
ところがある日、彼の本当の姿を見ることになるのです。
それは正確に体重を測ってみましょうか・・と盲導犬の補助器具を全て外した時の事でした。


■ 豹変した彼

彼は一目散に病院を駆け巡りました。
そして、病院内の看護士、獣医一人ひとりに挨拶をするようにじゃれて、グルグル回って、伏せをしたと思いきや飛び掛ってきて、また次の人間のところへ・・・。
そう、これが彼の本当の姿だったのです。
本当は人間と一緒に思い切り遊びたくて、走り回りたくて、 普通の犬としての暮らしに憧れを持っていた。
そんな彼に与えられた使命、盲導犬。

長い間、ずっと抑えていた感情だったのでしょう。
そんな彼を露にした原因、それは・・・


■ プロ意識

間違いなく、彼に付けられていた補助器具でしょう。
それを付けている間、彼は「プロ」なのです。
何があっても、飼い主さんを守り、自分の使命を果たさなければなりません。
飼い主さんの「いつもごめんなぁ・・ごめんなぁ・・先生、少しだけ
この子を自由にさせてあげても良いですか?」と言う言葉が重く心に残っています。
飼い主さんは、きっとこの子の気持ちにずっと気づいていたのでしょう。
信頼で結ばれた強い関係。
本当は遊びたいし走りたい・・・けれども誇りを持って毎日仕事を続ける盲導犬に強く感銘を受ける事となりました。


■ それから・・・

今でも毎朝彼の姿を、交通量の多い交差点で見かけます。
しつこいですが、「素質」などと安易な言葉で彼を評価していた私自身に今でも苛立ちを隠せません。
そんな簡単なものでは無いのです。
彼は毎月、病院に来た時だけ補助器具を外し、ほんの数分だけみんなに挨拶しにいく自由を与えられています。
私たちも精一杯、彼と挨拶をします。

犬は本当に凄いです。
獣医になって良かったと思います。


150601dog1.png


引用は以上。

「仕事中の盲導犬に対しては、話かけたり、なでたり、食べ物をあげたりしないでください」といったことを良く目や耳にする。
盲導犬。
それは「人間を助けるための存在」なのか、はたまた「動物虐待」なのか。
「日々、休むことなく緊張の中で生きている盲導犬は通常の犬の半分くらいの寿命だ」という話を聞く。
一方で、「いやそんなことはないし、家ではリラックスして飼い主とじゃれて暮らしている」という話も。

ボクは盲導犬を動物虐待とは思わない。
確かにそれは、「人間さま」のために作られた存在なのかもしれない。
でもそれは、それを是としてできている(運命づけられている)のではないだろうか。
すべての生き物には存在の意義があり、役目がある。
例えそれが、過酷な競争にさらされるサラブレッドであろうと、食べられるために生まれてくる生き物であろうと……。

大切なのは、飼い主と動物との間のキズナ。
それと、生き物たちへの感謝の気持ち。
盲導犬は、「よし、あと1時間で仕事終わりだあ!」なんて思ってはいないであろう。
年老いて引退を余儀なくされ飼い主との別れを迎えるときはどんな気持ちなんだろうか?
「仕事に追われることのない日々。これからは余生を存分に楽しむぞー!」と思うだろうか?
そう思うのは、自分の人生を、「建前に包まれた歪んだ他責の観念」で生きている人間くらいのものだろう。
「人材は人財であり社員は宝だ」なんて言いつつ、自分のことしか見えない人間のいかに多いことか。

生気のない目、人間不信の目、見下した目、殺伐とした目、目、目。

結局、電車で乗り合わせた盲導犬は、ボクが降りるときまでずっとおとなしく突っ伏したままだった。

「お仕事ご苦労さま。君の姿には、何だか勇気をもらった気がする。じゃあ、元気で」
ボクはこころの中でそうつぶやきながら、別れ際に今一度盲導犬の方を見やった。

黒目勝ちな、屈託のない瞳。
やっぱり愛らしい。

でも、それだけではない。

「ありがとう。ボクはねえ、盲導犬っていう仕事と自分の生きざまに誇りを持ってるんだ」
盲導犬の目がボクに返事をする。
もちろん、これはボクの勝手な解釈である。
しかし、「飼い主とのキズナで結ばれた人間不信のかけらすらない一途な目」は、間違いなくボクにそう話かけているような、そんな気がした。

150601dog2.png
写真:日本盲導犬協会


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コメント
良いお話にジーンとしました。

人間が中心の生き方

動物も、自然さえも

人間が変えていく。

人間を中心として。

私たちは自分以外には、残酷な生きものかも知れない。

でも、その中で

少しでも、一人でも

それを感じ、心から感謝し

愛さなけれだならないのでしょう。

そんな人間という生きものになりたいです。
Miyudot 2015.06.02 06:43 | 編集
こんばんは。はじめまして。
いつもお邪魔してました。
盲導犬のお話、心打たれました。。。
すごいプロ意識ですね。
まだ会ったことはないのですが
優しく見つめてあげたいと思いました。
そして、Omunaoさん、
素敵なお話ありがとうございました^^
ようニャンdot 2015.06.02 20:20 | 編集
Miyuさん、こんにちは!

ありがとうございます。
人間=ホモサピエンスという生き物はどんな生き物なんでしょう。
ネアンデルタール人は2万年前に絶滅(見たわけではないですが)。
とてつもなく大きな流れの中で、人類も存在し、その中のひとりとして我々は生きているんでしょうね。

動物と触れ合っていたり、海や空を始めとする大自然と触れ合ったりしていると、いろいろな意味で救われるような気持ちになります。

人と人とのつかがり。
人と他の生き物とのつながり。
人と自然とのつながり。

点をつないで線にして、線をつないで面にして、大きな大きな目で目ることができる、そんな人間になりたいです・・・。
Omunaodot 2015.06.03 03:36 | 編集
ようニャンさん、はじめまして&こんにちは!!

嬉しいコメントありがとうございます!!
ボクも楽しくようニャンさんのブログの世界で楽しませて頂いて頂いています。

最近のボクは、ニャンに「はまってる」傾向にあるんですが(サスケちゃんもですよ)、ネコ派とかイヌ派とかではなく、動物と触れ合うことの大切さを改めて感じています。

今後ともよろしくお願いいします!!
Omunaodot 2015.06.03 03:44 | 編集
ハーネスをはずすと、人(いや犬)が変わる!
これは、すごい話ですねー!
へえー、そうなんだあ。
ラブラドールって、やっぱそうとう健気で賢いんですね。

医療系の老人ホームで働く、セラピー犬にも泣かされます。
つかりこdot 2015.06.05 04:05 | 編集
つかりこさん、こんにちは!

ボクも初めてこの話をしったときは驚きでした。
だから、じーっとおとなしくしている盲導犬を見るとジーンときます。
特に、ラブラドールは、情けなさそうな表情をしつつもしっかりしているところが何とも言えません♪
なるほど、セラピー犬もスゴイですよねえ・・・
犬(動物)と人間の関係・・・。真剣に考えさせられますね
Omunaodot 2015.06.06 00:20 | 編集
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