2015
08.16

地元探訪記 最終回 今日と変わらぬ明日

Category: その他
中華街から山下公園へ。
思い思いに休日を過ごす人々。
氷川丸を係留するチェーンには、行儀よく並ぶかもめたちが。。

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ところで、昨年も書いたけど……。

湘南がとびきり明るい海であるのに対し、横浜の海は、どこか愁いを帯びている。
その印象があるのは、別れの波止場だから???
それは大きいと思う。
山下公園にも像がある、赤い靴をはいた女の子の歌のイメージもある。
なにせ、赤い靴をはいてた女の子は異人さんにつれられて行っちゃったのだから。
(「異人さん」を「いい爺さん」とか「ひい爺さん」とかって思ってた人は正直に手をあげてください)

「赤い靴」は、野口雨情作詞、本居長世作曲による1922年(大正11年)発表の童謡。

1. 赤い靴 はいてた 女の子
  異人さんに つれられて 行っちゃった

2. 横浜の 埠頭(はとば)から 汽船(ふね)に乗って
  異人さんに つれられて 行っちゃった

3. 今では 青い目に なっちゃって
  異人さんの お国に いるんだろう

4. 赤い靴 見るたび 考える
  異人さんに 逢うたび 考える


この赤い靴の女の子には実在のモデルがいる。
名前は「岩崎きみ」ちゃん。
きみちゃんは母親とともに開拓地として注目を集めていた北海道へ渡った。
しかし、開拓地での生活は厳しく、母親はやむなく、泣きじゃくる3歳のきみちゃんを函館の教会のアメリカ人宣教師チャールス・ヒュエット夫妻の養女に出すことにした。歌の「異人さん」というのはこのヒュイットさんのことだ。

その後、きみちゃんが6歳のころ、宣教師夫婦は船でアメリカに帰国することに。しかし、きみちゃんは一緒に船には乗らなかった。いや、乗れなかった。
何故か? それは、きみちゃんが結核に冒されていたから。
やむなくヒュエットさんは、麻布永坂にあった鳥居坂教会の孤児院にきみちゃんを預けたのだが、その後、結核が進み、明治44年9月15日、わずか9歳できみちゃんはこの世に別れを告げた。

実際は歌よりも悲しい、そんな話。

命あるもの、こころにピカピカの赤い靴をはいて、きみちゃんの分まで生きないと……。

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ちょっと感傷に浸り、心の中でくわえタバコにレーバンのサングラス。
それにトレンチコートを着て(想像するだけで暑い。もしくは下に何も着ていない変態の姿が……)、ハトとカモメにさようなら。

山下公園にいた全国少年軟式野球大会に出場の高知中学の選手たちに「ガンバレヨ!」と声をかけ、元町方面へ。

元町は昭和の香り漂う横浜の定番オシャレストリート。今ではみなとみらい地区等にファッションの中心地の座を奪われた感があるが、その伝統は健在。
ハマトラ発祥の地でもある。

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ハマトラとは、1970年代後半に雑誌社の企画から誕生したファッション。
横浜トラディショナルの略称で、近くにある「フェリス女学院大学」に通う女子大生の着る物・身に付ける物をイメージ。年齢層の若い女性が嗜好した。
中でも、、「フクゾー」の洋服 ( ← リンク )、「ミハマ」の靴 ( ← リンク )、「キタムラ」のバッグ ( ← リンク )は「三種の神器」と呼ばれていた。


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三種の神器を身にまとった横浜元町リカちゃん。
 ※注) そういう趣味(リカちゃん遊びとか女装とか)はありません

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あれ?
POMPADOURのパンを持ってる!!

あっ、全国チェーンなので気がつかなかったけど、POMPADOUR ( ← リンク )も横浜元町発祥なんだあ!

店名はフランスで初めてバゲット型のパン、つまり「フランスパン」の原型を考案したと伝えられているマダム・ポンパドウルから名づけたものだそうだ。

さてと。
ここらでコーヒーブレイク。

炭火焙煎珈琲 無

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30年以上も営業を続けている店。
落ち着いて洒落た雰囲気の店内には幾種類ものコーヒーカップが並べられており、カウンター席に座ると好きなカップを選ぶことができる。

素敵なカップに美味しいコーヒー。

750円と値段は高めだけど、のんびりとした安らぎの時間を提供してくれる。

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一杯のコーヒーにこころ癒され。

今を、満喫。

鎌倉から江の島、そして横浜へ。

美味しいオムライス
楽しい食べ歩き
かわいいネコたち
江ノ島駅の小鳥
昔ながらのパン屋さん
大きく、碧い海
氷川丸のカモメ
わくわく中華街
ファッションストリート元町

将来、この地を離れることもあるかもしれない。
だけど、やっぱり地元はいい。
自分を育ててくれた地。
こころの拠り所。

穏やかな時間が過ぎる中、元町通りを行き交う人々にぼんやりと目をやりながら、世界へと、過去へと思いを巡らせる。

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世界では、戦禍で変わり果てる地も多い。
横浜の地も、70年前には一度は焼け野原へと変貌した。
故郷がそんなことになったら……。

伝統の継承。
平和なひととき。
今日と変わらぬ明日。
なんて素晴らしいことなんだろう。
いつまでも変わらずにあってほしいと、切に願う。

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コメント
・・・いいジイさんに つれられて 行っちゃった
だと、子供の頃思っていたのは、僕だけ?

ハマトラ女子大生に心を奪われていた時代がありました。
また、流行らないかな。
けっこうドキドキするかも。
つかりこdot 2015.08.16 15:14 | 編集
つかりこさん、こんにちは!

> ・・・いいジイさんに つれられて 行っちゃった
> だと、子供の頃思っていたのは、僕だけ?

いえいえ、ひとりではないです。大丈夫です。
口笛を吹いて空き地に行きましょう!!
明るい仲間はたくさんいますから(何のこっちゃ!)

ハマトラ、ぜひ流行らせたいですねえ。。
女子プロゴルフとかでどうでしょう???
Omunaodot 2015.08.17 09:33 | 編集
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