2015
09.20

【再掲載】 ふたりテッちゃん その4

Category: ストーリー
8時50分、テツコを乗せたスーパー白鳥20号は予定通り蟹田駅に到着した。

乗り換えの津軽線の青森駅行は8時57分発。なんとナイスな接続!

もしこの電車に乗れなかったとしたらどうなっていたんだろう……。

恐る恐る時刻表を調べてみる。

木古内発が8時47分のスーパー白鳥22号でしょ。

で、9時38分に蟹田に着く。

ふむふむ。

なーんだ、40~50分差かあ。

待つけど、そんなに思ったほどでもないなあ。

そのあとは……。

……。

「えーーーーーっ!!!!!!!」

驚きのあまり思わず大きな声をあげたテツコに、まわりの人が何事かと振り返る。

蟹田駅で8時50分発に乗れなかったら、次は11時28分発まで電車がない。

うわー、本当によかったあ……。

テツコは改めてほっと胸をなでおろした。

9時43分、電車は順調に青森駅に到着。そこから青い森鉄道で八戸へと向かう。

あ、9時51分がある!

なんてついているのかと思いきや、51分発は浅虫温泉行。残念ながら八戸までは行かない。

次の八戸行は10時42分発。

なによー。でも、これくらい何てことないわよね。

せっかくだから青森駅周辺をぶらぶらしてみよっかな。

駅ビルが近いけど、それだと他の駅と変わらなさそうだし……。

どうしようかなあ???

あ、そうだ!

電車の待ち時間は約1時間。ある景色がテツコの脳裏を過った。

幼少の頃から母親の鼻歌を聞いていた影響か、カラオケで十八番の「津軽海峡冬景色」。

青森と言えば、昔はトンネルがなくて船で北海道に渡っていて、青函連絡船の八甲田丸が繋留されて博物館になっているんだっけ。

青森駅から八甲田丸までは徒歩で5分。9時からオープンしているので丁度よい。

駅から目的の方向に歩くと、ほどなくして八甲田丸の雄姿が現れた。

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上野発の夜行列車 おりた時から

青森駅は雪の中

北へ帰る人の群れは 誰も無口で

海鳴りだけをきいている


煙突には国鉄時代のJNR(Japanese National Railways)マークが輝く。

tetsuo42.png


船内には高度経済成長期へ突入した昭和30年代頃の青森駅前を題材にしたジオラマが。

1964年製の、いろいろな人生を運んできた連絡船。

まだまだ不便だったんだろうなあ。

この時代に、好きでわざわざ普通電車だけでこうやって旅してるのって、もしかしてすごく贅沢なことかもなあ……。

それにしても、この時代って何か、今よりもみんな生き生きしてるような気がする……。

煙突の展望台に昇り、青い海に囲まれた景色をぼんやりと眺めながら感慨にふけるテツコだった。

tetsuo43.png


うどんでお腹を満たしたテツオは、予定通り8時56分発の長浜行に乗車した。

このまま順調に行くと、12時3分に乗り換えの米原に到着する。

さてと。

米原がちょうどいいな。着いたらテツコさんに連絡をしよう。

テツオはお昼の目的地を米原に定めた。

加古川を越え、明石に入り、やがて明石海峡大橋が眼前に現れる。

更に電車は、舞子の浜、須磨の浦と、歴史を彩る海沿いの地を走り抜けて行く。

窓の向こうに、ちょっと切ない秋風を感じる。

「淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に いく夜寝覚めぬ 須磨の関守」

百人一首、源兼昌の歌が頭に浮かぶ。

須磨は平安時代の流刑の地で、在原業平の兄、行平が光孝天皇の怒りを買い流れ住んでいた場所。

それに基づいて創作されたのが源氏物語の「須磨の巻」であり、源兼昌の歌は、光源氏が詠んだ、

「友千鳥 もろ声に鳴く暁は ひとり寝覚の 床もたのもし」

を踏まえた歌だ。

今度は誰かと一緒にこの景色を眺めたいなあ……。

まだ見ぬテツコの笑顔が、車窓の向こうに現れる。

自然と頬がゆるむ。

景色とともに、ゆっくりとした時間が、流れて行く。

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つづく

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