2016
08.14

愛を知る県訪問記 瀬戸編 その5

Category: その他
岩屋堂公園を後に、瀬戸市街地へと向かう。

「白い川の白い町」に興味を抱いて今回の訪問に至った瀬戸市。
現在の町がどのようになっているのか、とても興味がある。
瀬戸と言えば瀬戸物。
陶器の町だが、最近はこちらも有名になりつつある。

瀬戸焼きそば!

今ではいろいろな店で瀬戸焼きそばを食べることができるが、もともとは瀬戸市内の深川神社商店街で経営してた2軒のみであったと聞く。
そのうちの1軒はご主人が亡くなり廃業してしまい、現在ではもう1軒が残るのみだと……。

現存の1軒に行こうか?
いやいや。
知人に伺った言葉が脳裏に浮かぶ。

「昔ながらの瀬戸焼きそばの味は、今はない1軒の方の味。最近、その1軒の味を彷彿とさせる店ができたので、その店の焼きそばを食べるのがよい」

早速、紹介された店へと向かう。

その店の名は、一笑

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中水野店と尾張瀬戸店の2店舗テイクアウト専門の予約販売の店で、これがその焼きそば。

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誰にでも作れそうなとてもシンプルな見た目だけど、はじめて食べる味に感動!
蒸し麺の食感と醤油ベースの甘辛がほわーっと口の中に広がる。
これに豚肉がよくマッチしている!

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いやあ、これは美味しい。
これを食べるだけでも瀬戸を訪れる価値がある。

一笑。
食べていて、まさにただひとつ、笑いしか出てこない。

ちなみに、瀬戸焼きそばの麺はこちら、山栄製麺所のものが正統とのこと。
道の駅などで売っているが、うす茶色の、なんともおいしそうな麺を作っている。

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瀬戸焼きそばの味をしっかりと認識した上で、発祥の店がある深川神社商店街へと向かう。

こちらが現存する方の店。
大福屋。

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と、隣には廃業したもう一軒の店が……。

福助?

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看板の文字は取り外されてしまっているが、はっきりとその名が見て取れる。

福助って……。

言葉を失った。

大感動のおもてなしを受けた宿と同じ名前。

なんという偶然。
いや、これは必然なのか……。
そういえば、一笑の看板にもこんな絵がかかれていたっけ。

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福助が、笑っている。

帰宅後に、そんな瀬戸焼きそばを振り返っていたら、こんな記事を見つけた。
以下、映画製作プロダクション「コギトワークス」の脚本家いながき きよたか氏の「コギトの本棚」にある、「瀬戸やきそばの思い出」の記事より転載。

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僕の郷里は愛知県の瀬戸市である。
「地元はどこですか?」と聞かれるとめんどくさいので、だいたい「名古屋です」と答えてしまっているが、 正確には、瀬戸市。
でも、一応、瀬戸物の瀬戸と言えば、話が収まるのでまだ得と言えば得かもしれない。
瀬戸物の瀬戸と言うくらいだから、 地場産業はばりばりの窯業。
幼いころは、陶器の原料を積んだダンプが何台も何台も狭い道を思いっきりトバすもんだから、 随分あぶねえおもいをしたものだ。
だが、最近では少々事情が変わってきた。
めっきり、暴走ダンプも見なくなったのだ。

稼業が窯業だったこともあり、その実態はそれなりに理解しているつもりである。
瀬戸市の地場産業は、斜陽を通り越して、 危機に瀕しているそうだ。
窯業はとにかくリスクが高くコストがかかる。
在庫は抱えなきゃならないし、 設備投資は莫大だし、単価は安いし、仕事はきつい。
ながびく不況のあおりを受け、昨今では完全に瀬戸物の瀬戸ではなく ベッドタウンの瀬戸と化してきた様相である。
僕の実家の隣の隣も、かつてはでっかい陶器工場だったが、こないだ帰ったら、でっかいマンションになっていた。
でっかい陶器工場に隣接するでっかい駐車場で、幼いころ僕ら兄弟はキャッチボールしていたのに、今ではでっかい西松屋になったせいで、キャッチボールももう出来ない。
もっとも、兄弟でキャッチボールなんてもうしないのだが……。
ともかく、街をダンプが爆走していた時代が、懐かしいっちゃあ懐かしいのである。

どこの町もそうなのかもしれないが、なんとなくだんだんとその町のアイデンティティというものが失われつつあるのかもしれないなぁと最近よく思う。

でも、そうだ、瀬戸には、窯業の他に実は焼きそばという文化があったのだった。
焼きそばで有名なのは富士宮だ、だが、瀬戸の焼きそばは有名ではないけれど、僕らのソウルフードだった。
小学生の頃、土曜日、半ドンで家に帰ると、おっかあが、「今日、昼、なにする?」と聞く。
「焼きそばでいい?」
「焼きそばでいいわ、ああ、ヤセの焼きそばにしてよ、絶対だに」
「へ!」
すると、おっかあは、車を飛ばし、深川神社商店街まで行く。
深川神社商店街には、一軒飛んで二軒の焼きそば屋が並んでいる。
『福助』と、『大福屋』である。
『福助』の店主は、痩せている。
『大福屋』の店主は太っている。
二人共、通りに面した鉄板の上で汗をかきながら、焼きそばを炒めている。
おっかあが帰って来る。
「ごめん、ヤセの焼きそばいっぱいだったで、今日、デブの焼きそばね」
「えー、いいよ」
そうして、僕たち兄弟は、焼きそばを頬張る。
デブもヤセも、見たところ、まったくおんなじ作り方なのだが、なぜか僕らはヤセの焼きそばを愛していた。
僕たち兄弟は、なぜヤセはヤセのままで、デブはデブなのかについてあれこれ想像してみたものだ。
デブはつまみ食いをするからデブなのだ。
つまみ食いをしないヤセはきっと仕事に真剣に取り組んでいる。
だから、その差が味に出る。
そうだ、きっとそうだ、だからヤセの方が若干、少しだけ旨いのだ、と。

そこで瀬戸の焼きそばの特徴を少し。
瀬戸焼きそばの麺は、蒸し麺である。
というか、そこが最大の特徴である。
味は、醤油ベース。豚の煮汁を足して、味を調える。
だから、けっこう甘い。
ソースをかけて食べたりするが、ソースをかけるといっそう醤油ベースの煮豚の味が引き立つ。
これで完成。
取るに足らないように思えるが、この作り方で、他に類を見ない独特の焼きそばが完成する。
ああ、書いてたら食べたくなってきた。

ヤセの店主の店、『福助』について少し。
残念ながら、『福助』はもうない。
遠い風の噂だが、ヤセの店主は亡くなったそうだ。
実は、僕は、このヤセの店主の息子さんと通っていた塾が同じだった。
同級生は無論誰もがこの『福助』の焼きそばを食べた事があるわけで、そういう意味でも、この息子さんを神聖化していたのだが、別のとあることが更にその神聖化に輪をかけていた。
彼の名は別名『マルバツ大王』。
マルバツという遊びをご存じだろうか。
井桁に書かれた線に交互に○と×を書いて三つ揃えたら勝つというアレである。
『福助』の息子さんはそのマルバツが異様に強かった。
今、思えば簡単な攻略法があるとわかるのだが、それを小学生にしてマスターしていたのだから、すごいのかすごくないのか……。
というか、とにかく『福助』の息子はマルバツが強いというところだけで充分すごいのだ。
話が逸れたが、あの『福助』の味はもう味わえない。
ちょいちょい帰郷した際の楽しみが一つ減った……、と思いきや、朗報がある。

数年前、実家の近くに一軒の瀬戸焼きそばを売る店がオープンした。
名前を『一笑』という。
なんでも、ヤセの店主のお姉さんのお孫さんが始めたらしい。
ややこしいことこの上ないが、『福助』の味を再現しようと奮闘中のこと。
次、帰郷した際は、おっかあとマルバツでもやりながら、『福助』の味を再現していると言われるその焼きそば、食べてみたいところだ。

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なるほど。
地元民に愛されて来た焼きそば。
瀬戸の人々のお腹とこころを福にしてくれる焼きそば。

瀬戸=福助
ボクの中でこんな式が成り立ってしまった。

愛を知る県にある瀬戸は、福の住む町。

すばらしきかな、瀬戸。

つづく

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