2016
08.17

愛を知る県訪問記 瀬戸編 その6

Category: その他
瀬戸焼きそばのルーツを探索した後は、瀬戸の街を散策。

瀬戸焼、いわゆる窯業の街、瀬戸市。
瀬戸窯業高校(1895年:明治28年に瀬戸陶器学校として開校)という、窯業専門の高校もある。

近年は観光都市として各種イベントを積極的に行っており、街全体を美術館、博物館に見立てた、せと・まるっとミュージアム ( ← リンク ) を展開。これは街の歴史的・文化的資源に光を当て、観光客との交流と創造を意識した魅力あるおもてなしのまちづくりを進めていくことを目的としたもので、2013年度の総観光客数は292万人を記録している。

そのため、尾張瀬戸駅周辺のメインストリート沿いには、それに即した建物が並んでいる。

160817seto1.png


瀬戸のエントランスゲートとして2005年に建てられた「パルティせと」。
1・2・6階が商業施設、3~5階が公共施設で、市民活動の拠点や訪問者のランドマークや憩いの場となっている。
160817seto3.png


「せと・まるっとミュージアム」拠点施設の「瀬戸蔵」。
瀬戸蔵ミュージアムをはじめ、陶器の物販や飲食店舗などが入っており、多くの市民や観光客がここに集まる。

160817seto2.png


このような市政を展開する瀬戸市だが、実は、夢を打ち砕かれるショッキングな出来事が過去にあった。

それは……???

「せと・まるっとミュージアム」のサイトにも書かれているが、瀬戸市がこの構想を策定した背景には、2005年に開催された愛・地球博(愛知万博)がある。

当初愛知万博は、瀬戸市の「海上(かいしょ)の森」を会場にして開催する予定であった。
「陶器」という地場産業が衰退の一歩をたどる中、何とか市を活性化したい。
そんな瀬戸市は万博誘致に全力を尽くした。
「海上の森」は広大な森で、万博会場をここに造成することで森を開発し、万博終了後は住宅や企業団地を建設することを瀬戸市は計画していたのだ。
それはまさに、博瀬戸市にとっの大きな夢であり、未来への希望であった。

しかし。

「海上の森」でオオタカの巣が発見され、環境への配慮から会場は隣の長久手市に移転することに……。
瀬戸市の一部にも会場が設営されたが、メインはあくまでも長久手市。
瀬戸市の夢は、もろくも崩れ去ってしまったのだ。
これが尾を引いてなのか、追い打ちをかけるように今でも瀬戸市と長久手市の明暗が分かれている。

長久手市にある万博跡地は「モリコロパーク」という公園になっており、この公園の人気もあり、東洋経済新聞社が毎年全国規模で行う「住みよさランキング」では全国2位(愛知県内1位)。

160817seto14.png


一方の瀬戸市は……、

県内最下位。

夢破れし街の、商店街。
メインストリートのオシャレな空間とは対照的な、お世辞にも活気があるとは言えない商店街。

160817seto13.png


「白い川の白い町」の時代。
160817seto11.png


公害問題を抱えつつも、隆盛を誇った高度経済成長時代。
160817seto4.png

160817seto5.png

160817seto9.png

160817seto12.png


今でも、そこから抜け出せずにいる、時代に取り残された場所。

160817seto10.png

160817seto8.png


一体、この街はどうなっていくのであろう???

160817seto6.png

160817seto7.png


つづく

スポンサーサイト

トラックバックURL
http://omunao1224.blog.fc2.com/tb.php/969-a595b59f
トラックバック
コメント
こんにちは。
瀬戸市が瀬戸物の市ということしか私は知りませんけど。
「住み良さランキング」なんてのに惑わされることはないと思いますよ。
No.1の市が何をどう計って一番住み良いと判断されたのか謎ですわ。
安心度が641と突出してますよね。
犯罪が少ないということなのかしら?
ケフコタカハシdot 2016.08.20 15:12 | 編集
ケフコタカハシさん、こんにちは!

瀬戸の方々からは「何で最下位?住みやすいいいところだよ」という声があがっていると記事にありました。
住みやすさの基準は人それぞれだし、おっしゃる通り惑わされてはいけないと思います。
「瀬戸(せと)」という言葉の響きもいいですし、また訪れたいです。。
Omunaodot 2016.08.21 07:47 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top